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茶凡遊山記

chabon.exblog.jp

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霧石渓谷(大豊町)

『鬼神の狂乱』(坂東眞砂子著)の舞台を、土阿県境の辺境の地、「大豊町岩原」にある「霧石渓谷」に訪ねた。

 年齢とともにますます臆病風が吹き荒れるようになり、前回はさほどでもなかったのに、この日は100mとも言われる断崖絶壁からどうしても下を覗き込むことができず、高さをお伝えできないのが残念至極。

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国道32号線の高松方向
「豊永橋」手前から見上げる
朝靄の残る「岩原」地区
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国道439号線
「京柱峠」へと右折分岐する
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スーパーマーケットの先で
「林道谷間豊永線」へと左折する
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JR豊永駅のある「東土居」地区
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さすが「磐(いわ)原」への道
道端にも大きな岩
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「八川」集落を通過
滝の足元に水車小屋
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消防か警察の人かと警戒したら
何と右上の人影は案山子
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配達員の労力を少しでも軽くと
集落が共同で建てた
世帯ごとに仕切られた新聞受け
檜皮葺の屋根は苔むしている
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いたるところに道標がある
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柚子畑にも案山子
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やあ
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見づらいが
車庫の中の向かって右
山側にも案山子
人かと思って遠慮がちに撮影
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粋な夕涼み台
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しっかり根付いている
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「筏木」集落で急に視界が開ける
水量60トンとある
水と紙は重い
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一部読めないが
道標は多いほどありがたい
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四国三郎「吉野川」の流れ
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ここは上へと進む
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「京柱峠」へ抜けられるらしい
後で調べたら
「林道西峰三谷線」が
西峰地区の「沖」集落へと続いている
次回の林道巡りの候補に決定
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絶壁の巨岩が見えて来た
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ズームアップ
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「赤根川橋」を渡ったところに
広い駐車場もある
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素朴な筆致の貼り紙
んっ?
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ご本人による訂正か?
 それとも
利用者による訂正か?
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古い大きな切り株
右下にキノコが生えている
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いたるところにお札が祀られている
信仰深い土地ならではの光景
右下の岩で囲まれた祠に
お札がお祀りされている
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土地土地で異なる藁ぐろの造り
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奥山の人ならではの
実に几帳面な仕事
紫陽花の頃に是非また来たい
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案内板が立っている
ここには2台ほど駐車できそう
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案内板の横から見る眺め
ここからでも相当に高い
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大岩へはいったん下る
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畳何畳の広さであろうか
絶壁の上部は
奈路(なろ)くて広い
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右前方に黒く三角に見える岩
前回はあの先端に立てたように思うが・・
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指差している辺りが下の段の先端
よう行くかえ?
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すみません無理です
とても行けません
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実はさらに左前方の突端が
まだ少し高い
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ここでも敵前逃亡
未練がましく振り返ると
せっかく来たので覗き込もうと
生来のケチな根性が
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ここまでが精一杯
高さがよく伝わらない
実に残念
中央下に登って来た林道
右上の白く光る部分が
「岩原」への途中にある
「霧石橋」か?
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さらに下へと
大岩を巻くように下る
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どの根がどの木の根か
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大岩の下には
驚きの空間が広がる
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実に整然とお祀りされている
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最も高い岩の真下か?
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右下を流れる赤根川は
木々に囲まれ真っ暗
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ナイスな遊歩道
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入られんと聞くと入りたい
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ここにも大岩が横たわる
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白いチョウチョが飛来
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対岸にも似た形の大岩が対峙
右下の暗闇が赤根川
水面からかなりの高さがある
足が竦んで覗けない
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来た道を下へと下りて行く
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何度見てもシブい
グッ・ジョブ!
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栗は小ぶりな山栗が美味い
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「頭寒足熱」冬支度は万全
これっぱあ穿かせてもろうたら
なんぼか温いろう
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JR岩原駅へと下りていく途中
麓からもよく目立つ赤鉄橋
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この「岩原大橋」もよく整備されている
いつ見来ても錆びというものがない
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「岩原」地区から西を見渡す
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トレッキングコースもあるらしい
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「土安県境の悠久の故郷」とある
「夢描田(むかいだ)会」
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道案内板には
「岩原長男会」平成4年8月
とある
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つい直進しそうになる交差点
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「岩原長男会」平成4年8月制作の
道路案内に助けられる
この変則的な四つ角は
左手前に滑り落ちる
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吉野川が間近に見え始めた
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ここには
「岩原長男会」昭和59年4月制作の
カーブミラー
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土讃線の小さな踏切を渡ると
んっ?犯人?
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懸賞金240万円とある
しかも金額には訂正の跡も
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何かが川に流されたのか?
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JR土讃線「土佐岩原駅」
気合の入った陸橋
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上りと下りの普通列車が
同時に停車
同時に発車
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上り列車に手を振る
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1両編成のワンマン列車は
ディーゼル音とともに
「大歩危小歩危」方面へ
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「使用ずみのきっぷを・・」とあるが
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蜘蛛の巣が張っているし
投入の痕跡もない
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 「大豊町地域おこし協力隊」のパンフレットでみた、「普通に渡れそうでとても怖い橋」に、いつもの道草をすることにした。

 霧石渓谷の絶壁の突端には立てなかったが、橋なら大丈夫だろうと、「吉野川橋」東詰で県道262号線へと行ってみたけれども・・


美しいフォルムの「敷岩橋」
この橋へは初めて来た
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何ぼ言うたちこれなら渡れるろう
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下流もえいぞー
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上流もえいぞー
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前だけ向いて歩いているうちは
どうということはないけれども
ふと立ち止まり下を見ると
その高いこと高いこと
急に足がガクガク震え始める

 今ここで大地震が来たらなんとする?グレーチングが腐っていたらどうする?鉄のワイヤーも切れないと誰が言い切れる?早明浦ダム周辺に飛来する訓練機が突っ込んで来ないとも限らない、思いは巡る走馬灯。

 この歳になってやっと知恵がついたというものか、よほどの小心な臆病者ということか、橋の中間点にも辿り着かないうちに三十六計逃げるが勝ち。


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ここ「敷岩橋」でも敵前逃亡
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 江戸時代末期に起きた狗神憑きの民衆の大騒乱を描いた『鬼神の狂乱』を読む前に、「霧石渓谷」には一度来たことがあり、断崖絶壁の巨岩や信仰深い土地ならではの浄められた風景を思い起こしながらこの小説を読んだことであった。

 通りがかった90歳だというご婦人によれば、ここに嫁がれた頃には35軒ほどの家があったが、現在は人が住んでいる家は9軒ほどになってしまったという。『鬼神の狂乱』に描かれた、江戸時代の大騒乱のこともご存知で、小説にも出てくる地名をあげられて、そこにお祀りされていますよ、と教えてくれた。

 大騒乱を鎮めるために、嶺北の古刹として名高い「定福(じょうふく)寺」や「豊楽(ぶらく)寺」の住職、高知城下からは五台山竹林寺の律師、南国市の国分寺の住待たちが馳せ参じたという。

 坂東眞砂子氏はその個性的なライフスタイルの上に、猫に関する一件で世間のバッシングを浴びたが、膨大な資料を丁寧に検証し書き上げていく大好きな作家の一人であった。平成26年1月に、55歳の若さで旅立たれてしまった、心からご冥福をお祈りしたい。


by ky_kochi | 2015-10-18 11:00 | 登山 | Trackback | Comments(0)

鴻ノ森(高知市)

 独特の三角錐の山容で高知市北西部に立つ「鴻ノ森(こうのもり)」は、みかん狩りでも有名な山。

 北環状線のイオン高知あたりから西に見える「鴻ノ森」は、戦国時代に土佐の三郡を占有し、最強といわれた本山氏が、名称「高ノ森出雲の守」を配し長宗我部勢に備えた要塞の山。


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「万葉集」研究の巨星「鹿持雅澄」の
邸跡付近から見上げる「鴻ノ森」
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日参した時代もあったゴルフ練習場
「クレッセント旭」西口をスルー
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順調に高度を上げる
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南に烏帽子山や柏尾山が指呼の間
山頂付近にテレビ塔が見えている
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この三叉路はレフトターン
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東の「浦戸湾」方向
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西の「仁淀川」方向
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車道の舗装が切れ
山頂へと続く登山道に入る
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まだ夏草が茂っている
蛇を踏みそうで無気味
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「となりのトトロ」の世界
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登山道は初めは西方向へ
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ほどなく東へと切り返す
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やあ
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落ちなさんなよ
足元がズリかけちょる
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君はなかなか足が長いが
分けてくれませんかの?
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ここでもう一度
大きく西へと切り返す
この広さがあれば
馬も一回で回れますろう
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さすがは音に聞こえた名城の跡
石段にも威厳あり
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山頂広場に到着
登山口から10分もかからない
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木がホコって(茂って)視界不良
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わずかな小窓あるのみ
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山頂の番人たち
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三角点か基準点か
3つ乱立している
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一応残しちょこうか
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これは若い
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相当ふすぼっちょる
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故事来歴が記されている
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たなびく旗のような道案内板
元からこう作られたものか
後から誰かが曲げたのか
いずれナイスセンス
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来た道を再び下る
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こらっ
ビックリするじゃいかっ
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この枝があった元の木は朽ち果て
蔓が巻き付いていた枝だけが
宙ぶらりんで残っている
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登山口まで下りてきた
努々油断めさるな
全神経を足元に集中
地雷を踏めば気絶する
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さすがはミカン山
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高知市街がよく見える
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来た道は引き返さないのが信条
この心掛けが人生にあれば・・
ウウム残念

右下から手前に登ってきたが
帰りは道なりに直進
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ここは上へと進む
パークゴルフ場があるらしい
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何と18ホールある
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地域住民の散歩道でもあるらしい
粋な涼み台がある
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道端の花壇への水撒き用か?
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枯れ木と秋色のコラボレーション
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ここからの眺めもグッド
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「高知自動車道」の跨線橋
♪何を見ても~
あなた様を~
思い出して候~♪
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上り「岡山」方面
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下り「須崎」方面
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本日のルート
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山頂からのパノラマ
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 裏山へ散歩に行く感じで出かけてみたが、眼下に広がる高知市街の眺めはなかなかのもの。山頂付近の夜の一人歩きはちょと気が進まないが、途中の車道から見る夜景はきっと素晴らしいに違いない。


by ky_kochi | 2015-10-17 14:00 | 登山 | Trackback | Comments(0)

不徹庵(姫路市網干)

 雪の朝二の字二の字の下駄の跡

 この句は、正岡子規が元禄四俳女の一人とした田捨女(でんすてじょ)が、僅か六歳の時に詠んだものという。

 『浮浪雲』(ジョージ秋山)で見て以来、ずっと気になっていたこの句が、姫路市網干と関係があると知り、新幹線の時間待ちを利用して訪ねてみた。

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JR網干駅は北にあるので
山陽電車を利用
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山陽電車の西の終点
「山陽網干」駅
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姫路からだと
「飾磨(しかま)」で乗換
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駅を出て西へ進み
素麺「揖保乃糸」で有名な
「揖保(いぼ)川」を渡る
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搬出を待つ刈り取られた稲
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なんと居酒屋だという
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「田捨女」の師である
盤珪和尚が開いた龍門寺
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禅寺の雰囲気が漂う
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秋祭りの準備か?
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龍門寺の南東に「不徹庵」
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田捨女の句があるお堂
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新幹線までまだ少しある
「ダイセル異人館」を目指し
再び「揖保川」を東に渡る
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遊具もベンチも使用禁止
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「ダイセル」本社前ロータリーに到着
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「異人館」としては2つ残っている

こちらは「ダイセル異人館」(姫路指定第2号)
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こちらは「異人館」(姫路指定第3号)
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園内にはユーカリの木も
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そろそろ時間が迫ってきた
急がねば
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この橋を渡ればあと少しで
「山陽網干」駅
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♪この電車は東海道山陽新幹線、「しかり」しゃくひちじゅうひち号、博多行きです。京都を出ますと、新のおさか、ひん神戸、岡山、しろしま、終点博多の順に停まります。途中のしめじ駅と山口県小郡駅には停車いたしませんのでご注意下さい。♪

 すでにウン十年も前、今ほど車内マイクの性能が良くなかったためか、あるいはあれが江戸っ子訛りというものだったのか、「ひおし狩り」のアナウンスを思い出した。

 姫路に停まる新幹線が思いのほか少ないことと、後発の新幹線に乗っても、岡山で乗り継ぐ四国島内の在来特急の発車時刻が同じであることから、今回の網干散歩ができた。



 

 
by ky_kochi | 2015-10-16 11:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

蟠蛇森(須崎市)

「焼坂峠」からの帰り道、「新庄川」を渡ろうとすると、11時の方角から「蟠蛇森(ばんだがもり)」がこちらに手招きをしている。

 蛇が蟠(わだかま)る森は、前回の「朽木峠」への途中、常に南に見えていた山。これまで数回登っているが、最近は林道が相当荒れていると聞いていた。

 天気も次第に良くなってきたことだしと、いつもの道草癖が沸々と湧き起こる。

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♪須崎が好きさ~

地元の女子中学生の詩に
かの織田哲郎が曲を付けた
須崎市の応援歌にも登場する
ご当地のゆるキャラ
「しんじょう君」の故郷
清流「新庄川」を渡る

海抜769mの「蟠蛇森」が
はるか左奥に鎮座
少し青空も見えて来た
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急に思い立った夕方近い山行き
「雪割桜」で有名な
「桑田山(そうだやま)」の集落を目指し
国道からの経路を撮影する間もなく
ひたすら高度を上げて行く
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アスファルトと簡易舗装とダート
まだらに混ざる作業道は
先日のゲリラ豪雨で大荒れ
ロデオ乗りには撮影する余裕なし
何とか登山道の入口に到達
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登山道には夏草が繁る
とにかく蛇を踏まぬよう
全神経を足元に集中
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この山にも素朴な標識
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山頂から見る須崎湾
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海抜769mもある
ましてや川原に近い悪路
ここまで時間がかかるはず
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大パノラマの案内図
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立派な展望台
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足元までかなり高い
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アンテナ群とアマチュア無線施設
アンテナの足元は
タンポポの大群生地
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「こらっ、椅子を踏んだらいかんっ」
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左奥の「鶴松森」へと続く稜線に
「風の里公園」の風車群
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須崎湾は見るからに
津波の被害が大きそう
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東の高知市方向を望む

画像中央奥に「横浪半島」
その北側に小さく「浦の内湾」
通称「横浪三里」の奥の奥
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杉木立ちの遙か先
青い稜線の
中央の小さな三角帽子が
越知町の黒森山
この左肩を越えて行く道が
「旧松山街道」
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鉄塔の中から見る眺め
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須崎市街を俯瞰
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陽も落ちてきた
長居は無用
一刻も早く下山せねば

川原に近い荒れた道
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猪(しし)猿狸も嫌がりそう
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輪切りにされた倒木が
そのままになっている
何かわけがあるに違いない
よもや杣師たちが
こんなおいさがしなことを・・
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中腹まで下っても荒れている
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中間点の展望スポット
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思いのほか距離が長い
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次第に秋の雲になってきたが
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左手前から「桜川」の流れ
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「勝森」が正面に
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おやっ?
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「古樺道」はどこかで見た記憶が・・
思い出せない
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「駄荷ケ峠経由川ノ内」とある
「川ノ内」は
先日の「朽木峠」への通り道

そして「駄荷ケ峠」にはそそられる
次回のフライト候補地に追加決定
こうして次々に繋がって行く
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「虚空蔵山」(左)と「勝森(右)」
今頃晴れてくれても
遅かりし由良之助
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どうしても蛇を連想してしまう
筆致と筆勢
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ガードレールに
天日干しされた稲藁
これなら擦っても痛くない
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「雪割桜」の広場から見上げる「蟠蛇森」
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切っ先三寸足らざりしがくち惜しき
せめて3時間早くこの青空が・・
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登山道そのものが蛇に見える
この山の
登山道のきつさがよく解る
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JR吾桑(あそう)駅から見る「蟠蛇森」
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秋のホームにマッチする秋桜
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ほんでも山塊が鏡に入り切った
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下りのワンマン列車が到着
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プレートに「高岡街道」とある
国道56号線の別名かと思ったら
全長6.10mのトンネルの名前

そういえば国道56号線の別名は
たしか「中村街道」かと
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 子供の頃、旧窪川町(現在の四万十町)から土讃線で高知へ向かう時、須崎駅を過ぎると車窓左側に巨大な石灰工場が目に飛び込んできた。土讃線の車窓からの眺めの中でもひときわ印象に残る風景であったが、大蛇伝説が残る、山肌の石灰工場群の背中に聳える「蟠蛇森」の、威風堂々さもまた印象深い光景であった。

 巨大な山塊の緑、石灰工場の白、「桜川」の乳白色、春には遠目にも鮮やかな「雪割桜」の桃色、秋には風に揺れる稲穂の黄金色と、いつ見ても飽きないパステル画の世界であった。もう少し見ていたいのにと思ううちに、列車は長い「斗賀野トンネル」に入るが、それを抜け佐川盆地に出ると、またも左に「高知県畜産試験場」の牧場の緑が広がっていた。

 土讃線に乗り高知へ向かう時には、須崎駅までは海が見える右側の席、須崎からは左の席に座っていた子供の頃を懐かしく思い出す。もう40年も前の話になった、歳月は人を待たず、嗚呼。



 
 
by ky_kochi | 2015-10-11 13:00 | 登山 | Trackback | Comments(0)

焼坂峠(須崎市~中土佐町)

 台風に続く豪雨で、2年ほど通行不能だったという歩き遍路道「焼坂(やけさか)」が、有志の皆さんの手弁当で通行できるようになったと知った。

 峠の名前だけは子供の頃から知っていた「焼坂峠」、今年5月に「国道56号線旧道」を走った時、近日中にと目論んでいた。

 正午から晴天という天気予報を信じ、「行きゆううちに晴れるろう」と高知市を出発したが・・

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♪角谷、焼坂、添蚯蚓♪と唄われた
歩き遍路道の中でも
「焼坂」は遍路泣かせの急坂

まずは「角谷坂」から
ベタ凪ぎのベタ曇り
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国道56号線と土讃線
そして「角谷坂」とがクロスする
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JR安和駅を俯瞰する
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再び国道56号線に戻り
JRの高架橋を南へくぐる
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すぐに右に道案内が現れる
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四国の遍路道の
いたるところに
いろんな意匠の道標がある
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JRの線路を
一旦北へとくぐるのだが
ここではない
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ここがそう
JRの線路を
再び北へくぐり直す
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「自然豊かな遍路道」とある

上方の切れ込み鞍部が「焼坂峠」
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目印はS字形の道路
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線路に沿って直進
正面頭上に「焼坂峠」
中央の鞍部が峠
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足元にも道案内
登り坂を示す
やや上向きの矢印がナイス
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色合いの良い花々
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前方が中土佐町
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林道を少し進んだ所で
歩き遍路道は
右後方に切り返す
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急に視界が開ける
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広い土場になっている
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ご機嫌な林道になる
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歩き遍路道と交差する

前方1時の方角に
麓から上がってきた遍路道
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後方7時の方角に
さらに峠へと上がる遍路道
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少し嫌な予感
林道中央に草が
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荒れた林道を
根気強く登ると
「焼坂峠」に到着
安和の町が眼下に見える
晴天ならば
さぞや良い眺めのところ
電線と繁った木が
いささか邪魔
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峠の掘り切り
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海抜228m
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左手下から
歩き遍路道が峠で合流
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前方が中土佐町久礼
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先週の道普請の際に新設か?
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峠の先もしばらくカブで走れる
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大きな松ぽっくり
大人のグーぐらいの大きさ
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食べれたらよいのに
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 このあたりで、突然、小動物が足元にまとわりついた感触があった。敷かずにすんだが、茶色っぽい四つ足の動物が、バイクの下を上手にくぐり抜け崖下へ消えた。

 タノキは夜行性と聞くので、モグラかウサギかイタチかと思われる。この少し前にも、林道脇に降り立っていたオスのキジが、カブの音に魂消て眼前で飛び立った。

 いつまでも晴れぬ曇天、獣たちが次から次に現れる鳥獣戯画の世界、これ以上はカブでは進めそうにない歩き遍路道。最近めっきり臆病風に吹かれるようになり、峠から中土佐町までは歩くつもりで来ていたのに、あっけなく計画断念。


「焼坂峠」へ舞い戻る
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掘り切りも林道巡りの目的
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「虎斑竹(とらふだけ)」をはじめ
竹はこの地の名産品

その竹を山出しして
トラックで運び出すまで
積み置くための足場
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VHFテレビのアンテナ線は
山仕事や農作業の必需品
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岩に根差す木々
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歩き遍路道との交差点まで戻る
右上から下りてきて
左下へと下りて行く
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そこそこ重要な地層では?
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シダも見事
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どちらさんかな?
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や、やあ
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土場まで戻って来たが
なかなか天気が回復しない
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なかなか直(す)ぐうに
よう肥やしちょる
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植生も豊か
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この道は歩き遍路道ではない
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こちらは正三角形
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こちらの道が歩き遍路道
コンクリートの擁壁が目印
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こちらは逆三角形
動物の顔に見える
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鉄製の仮橋も目印
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JRに沿った道へ戻って来た
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太平洋が見えて来た
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キノコが生えている
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なるほどそういうことか
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JRの線路下をくぐる
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秋桜越しに峠を見上げる
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 ご縁があって、数年前に「四国八十八か所」を一巡し、高野山へもお礼参りができた。観光バス、自家用車、リトルカブ、歩き遍路と、様々な行程の組合せであった。

 歩き遍路の距離はコースによりまちまちだが、1,200キロ前後と見聞することが多い。かつての古道を歩き通すと三百六十五里とも言われ、これは1年365日に由来するらしい。同様に、八十八は煩悩の数かと思っていたら、子供の厄年13才、男の厄年43才、女の厄年33才の合計でもあるらしい。

 一巡目を打ち終えてから、いつか全行程をリトルカブでと思っていたが、最近になって古道や古峠を歩く機会が増えるにつれて、いつかは「歩き遍路」をと思い始めている。


by ky_kochi | 2015-10-11 11:00 | 登山 | Trackback | Comments(0)

朽木峠(「龍馬脱藩の道」)

 高知県で「朽木峠」と言えば、「旧松山街道」の天界集落にある「朽木峠(くちきのとう)」と、「龍馬脱藩の道」にある「朽木峠(くちきとうげ)」の2つが知られている。

 空が青く高くなった秋の好日、「林道小奥川の内線」の下見と山歩きとを兼ね、佐川町と津野町の町境に「朽木峠」を訪ねてみた。

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本棚に埋もれていたリーフレットに
平成14年1月のスタンプ
何と10年以上も前になる
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「龍馬の生まれたまち記念館」前で
機長1人だけのブリーフィング
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「才谷屋」には寄らねばなるまい

「才谷屋」は豪商であった坂本家本家の屋号で、現在「COFFEE HOUSE さいたにや」がある周辺に店があった。

 この「才谷」は、高知自動車道の南国ICの近く、パシフィックゴルフクラブの北東、坂本家先祖の出身地「南国市才谷」の地名に由来している。

 ただ、全国の龍馬ファンが集う喫茶店「さいたにや」は、店主高齢のため現在は不定休らしい。

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「和霊神社」へも寄らねばなるまい

「吉野へ桜を見に行く」、家族にそう言い残して家を出た龍馬が、文久2(1862)年3月24日、脱藩前に立ち寄ったという和霊神社へ寄ってみた。

 この和霊神社は、「才谷屋」三代目、坂本直益が伊予宇和島から勧請して、「才谷屋」の守護神とした神社で、現在の高知市神田(こうだ)、鷲羽山(わしゅうやま)への登山道の一つ、「吉野道」の途中にある。

 まだ朝日が当たらないこともあり、鳥居の先、神社へと続く参道は薄暗い。



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鬱蒼とした杉林の中に
ただならぬ気配の和霊神社
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松山へと続く国道33号線を西進
日高村で県道291号線へと左折

この地に伝わる忍者「茂平」の
逸話が数多く残る「猿田石灰洞」
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現在は入洞できるらしい

出口まで40分
洞内照明設備なし
「■引き返すならここ」とまである

親切ナル事コノ上ナシ
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「谷地」と書いて「やつじ」と読む

「谷地」のT字路で
県道53号線へと右折
佐川町を目指す

佐川町周辺は秋桜の名所
白の秋桜もなかなかグッド
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 かつて県道の北にあったという「法華寺(谷地徐紋院)」は、七堂伽藍が聳え、脇寺6か寺を従える大寺で、その佇まいは「高野山」に似ていたという。

 明治の廃仏毀釈により廃寺となり、観音堂、御影堂、仁王門が残るのみであるが、県道南の仁王門には、それは見事な「木造金剛力士像」二体が残されている。


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山門内部もなかなかの造り
頭上から睨みを利かす
木彫りの狛犬もまた立派
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「谷地山」と書かれた額には
金箔が施されていたという
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「木造金剛力士像」

まずは阿像
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続いて吽像
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自由に引き戸を開けて見学してよいが
木像は外気に触れると傷むため
拝観後は直ちに閉める事とある
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山門から南を振り返ると
「影向(ようごう)の大杉」

影向とは
この世に仮りの姿となって現れる
神仏のこと
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見事な根続きと根上り
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聳え立つ3本の巨杉
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「谷地のお地蔵さんは何と強(えら)い」と、昔から語り継がれる「穴地蔵様」(正式には「岩屋地蔵」)は、仁王門から「大坊橋」を南に渡った山裾にある。

 かの弘法大師も修行したと伝えられる岩屋では、その名も「性空上人」が修行を重ね、この地に「法華寺(廃寺)」を建てたという。

 およそ穴という穴の病に霊験あらたかといわれ、薄暗い岩窟には、快癒のお礼に奉納されるという穴の開いた石がずらりと並ぶ。

 場所が場所の病いだけに、その鬼気迫る迫力にすっかり気押されてしまい、撮影する気など毛頭起こらない。


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台地状の高台にある「谷地」から
佐川盆地へと滑り降りる

土地ごとに風情が異なるイナグロ
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どこか懐かしい橋の風景
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佐川盆地は実りの秋
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「龍馬脱藩の道」は「四国のみち」の一部
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 三叉路の花壇の先で東を振り返ると、佐川町永野へと真っ直ぐな道が続いている。

 ご記憶のある方もあろう、国鉄時代に斗賀野駅から分岐東伸していた「土佐石灰工業」へと続く鉱石運搬鉄道跡が、現在でもこの道の側道として残っている。終点「山の駅」には、実にシュールなホッパー(貯留構)があったが、残念ながら現在は撤去されている。

 石灰石はここから貨物列車に積み込まれ、須崎市の多ノ郷駅を経由し、さらにその先にゆるやかにカーブを描く引込線を走って須崎港まで運ばれていた。そういえば、途中の国道33号線、仁淀川鉄橋を渡ったところにあるJR波川駅の先にも引込線があったが、しばらくご無沙汰している。

 南国市の黒滝から土佐山田まで、マンガン鉱石を運んでいた「石原満俺鉄道」など、廃線鉄道の探索にハマっていた時期もあった。何をやってもすぐに飽きて長続きしない、子供の頃からの悪癖は大人になっても一向に直らない。


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「佐川町斗賀野(とがの)」へと続く道
山頂にアンテナが立つ「蟠蛇森」の
右に3つ目の鞍部が「朽木峠」
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「JR斗賀野駅」から見上げる
「蟠蛇森(ばんだがもり)」の山容

それにしても
「蛇が蟠(わだかま)る森」とは
想像しただけでもオトロしい
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国道494号線に合流し
「畜産試験場」の牧場や
通称「タコ公園」を右に見ながら
須崎市へと登り進む

峠の「斗賀野トンネル」を抜け
最初の三叉路で
「川の内」へと右に大きく切り返す
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すぐに「朽木峠」への分岐点に着く

直進すると旧道を通って
「斗賀野」へと下るのだが
画像中央の周辺案内図が
外枠だけになっている
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近寄ってみると
周辺案内図がズリこけて
足元にはゴミまで投棄されている
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案内図は残念なことになっていて
危うく「朽木峠」へ行き損なう
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この分岐では
左手擁壁の道標が頼り

道中唯一の要注意地点
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「蟠蛇森」にはまだほど遠い
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案内板の前で舗装が切れる
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なんとこの案内板の絵や文字は
ガラスと木板とのそれぞれに
微妙にズラして書かれている

本来ここからは
少し手前の古道に入り
歩くのが正道だが
「林道小奥川の内線」の下見も
「今日のめあて」の一つ
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そのまま「林道小奥川の内線」へ進入
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数分ほどで古道の入口に到着
振り返り見る「蟠蛇森」
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「蟠蛇森へ朽木峠経由2.1km」とある
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ミニ八十八か所巡りの
第48番と第49番の案内図
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これならまだカブでも走れそう
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さすがはかつての往還道
風格が漂っている
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少し足元がゴツゴツしてきた
さすがにカブには可哀想
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龍馬ファンの懸想文か?
残念ながら
文字が読めなくなっている
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「朽木峠」の広場に到着
手作りのベンチが整備
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「関所」とあるが実在したかどうか?
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「あの東京(634m)と」?
深く読まずに展望台へ
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こちらは「朽木峠」の佐川町側
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向こう側の津野町へ下ると
国道197号線
名付け親は司馬遼太郎翁?
「檮原街道」へと繋がる
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「葉山藩」とあるが実在したかどうか?
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ハチはまだしも
ハメ(マムシ)はいかんっ
とにかくヘビはいかんっ
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いざ展望台へ
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「なかなか良(え)いですやいか」
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♪物事は面白可笑しゅう楽しゅうに♪

「もし80kgの人が3人上がったら?」
理繰(りぐ)りゆうがは誰ですぞ?
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踏み抜けば落ちるとはいえ
たとえわずかの高さでも
下が見える見えんは大違い
この古トタンがあるだけで
恐怖心は限りなくゼロになる
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展望台より西を遠望する

「そんな所(く)から覗きよらんと
早(はよ)うこっちへ来てみてん」

先日敵前逃亡した「鶴松森」が
ひ弱ザルに手招きをしている
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「風の里」の風車のタッチもお見事
画伯はもしや町展の無鑑査か?
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原発事故が起きる前の
風力発電に寄せる熱い思い
その先見の明に脱帽
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前後に並び立つ
「不入山(いらずやま)」と
「鶴松森(かくしょうもり)」
ともに大河「四万十」の源流域
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美人はどこで見ても
いつ見ても美人だが
いつどこから見ても痛々しい
鳥形山が右奥に
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たしかに200kgではもたんろう
ななじゅうウンkgでも軋みよる
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簡易トイレもありますぞね
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「操縦席よりご案内申し上げます
只今当機は「クチキ峠」付近を
高度540m海抜約1800フィート
対地飛行速度0km/hにて
順調に水平飛行をいたしております」

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「朽木峠(534m)」から
「蟠蛇森(769m)」まで1.5km
標高差にして235m

林道の看板に2.1kmとあったので
林道からこの峠までは0.6kmとなる
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火を焚いたような跡がある
毎年開催されるイベントで
大鍋で芋煮会をしたらさぞ
美味し、かろかっくいいけれ 
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よく見ると
「東京スカイツリーの634m」と
「ぼっちり100mちがう」とある
この世話人さんは実にユニーク
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一人でいるのにとても良い場所だが
そろそろ下山せねば
後の用事に支(つか)えが出る
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せっかく「爽健美茶」にしても
こんな甘い物を食べたら無益ッ
そもそも
50を過ぎたオンちゃんの
食べるもんじゃない
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「オマさんは妙に直(す)ぐうにないねえ」
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「それほど捻じくれいじゃち」
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「周りをよう見てみなさいや
皆んなあ直ぐいに
それほど歪(いが)んじゅうがは
オマさんばあぜ」
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「この木はもうびっと衝いたら
倒(か)やりゃあせんか?」
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「存外太い木じゃに
これでよう立てっちゅうこと」
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「オマさんは岩かの?木かの?」
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「なかなか良(え)いぞお」
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「蟠蛇森」が次第に高く小さくなる
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「脱藩の道」は林道を跨いで
杉林の中を麓へと下って行く
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「小奥」といえば
佐川町の奥座敷
「長谷渓谷」へ行った時に
見覚えがある地名

ここでも「点が線」に繋がった
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「こらっ、敷くぞっ」

ではなく

「すみません、口が過ぎました
あの、その、もし構(か)まんかったら
そこを除(の)いてくれませんろうか?」
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以前なら迷わず右に駆け上がったが
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最近からきし意気地なし
ナイスなヘアピンにまっしぐら
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来た時には気付かなかった大岩
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擁壁にあるミニ八十八か所札所
工事前からここにあったらしい
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左奥「虚空蔵山(こくぞうさん)」の手前に
ずっと気になっている「勝森」
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ここもまた
来た時には全く気付かなかった

道沿いにあった「佐川龍馬神社」
広場の奥に小さな社がある
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社の内部はこんな按配
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「勝森」は「須崎鉱発」の管理地
関係者以外通行禁止、残念
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旧道を佐川盆地へと一気に下る
ガソリンが少ないので
エンジンを切り
久々のサイクリング気分に浸る

「蟠蛇森」が空高くに見えている
「朽木峠」は右の鞍部
あんな所にいたなんて
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「龍馬脱藩の道」は
「花畑踏切」を渡る
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画像中央が「谷地」のT字路

復路は右下「佐川」から
中央「谷地」を経て
左上「土佐市」で国道56号線に合流する
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「もし姐(ねえ)さんよ」
「アイ」
「高知へはどっちですろう?」
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「ヤアお城下へはあっちと聞いちょります」
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今朝は左から手前へ右折した
「谷地」のT字路に戻り着く

帰りは「日高」(国道33号線)ではなく
「土佐市」(国道56号線)へと直進
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この地の名産「土佐文旦(ブンタン)」
文旦畑の遙か下に
土佐市が見え隠れし始める
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土佐市甲原(かんばら)で
国道56号線に合流
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『土佐の峠風土記』(山崎清憲著)で紹介されている峠の大半は、忘り去られ廃れつつある古道の峠であるが、数えてみると紹介されている57の峠のうち、知らぬ間に28の峠に立っていた。それらはめがけて行った峠ではなく、山登り、林道巡り、廃線巡りの際の偶然の足跡であるが、その中に県内に同じ漢字で書く峠があることをあらためて思い出し、今回の遊山となった次第。

「朽木」という地名は県内にもいくつかあり、「くちき」や「くつき」と読み方も様々だが、2つの峠もそれぞれ呼び方が違い、旧松山街道「朽木峠」の方は、「くちきのとう」と発音する。

 県内で、「峠」を「とう」と呼ぶのは、「鈴ケ峠(すずがとう)」「水の峠(みずのとう)」「大峠(おおとう)」「樫ケ峠(かしがとう)」等、とまれ枚挙にいとまないが、「とう」よりは「とお」の響きに愛着を感じている。

 一つ峠に忘れ物をしてきたのが「馬頭観音」を見ることで、どうやらそれは津野町側に鎮座していたらしい。馬頭観音の謂れは諸説紛々、かくなる上は今度は津野町の側から登る必要がありそうである。


by ky_kochi | 2015-10-04 12:00 | 登山 | Trackback | Comments(2)