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茶凡遊山記

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工石山(高知市)

 2015年の登り初めは、高知市の北山連峰の頂点、何度登ったかも忘れたぐらいの工石(くいし)山。

 人の行く裏に道あり花の山、本日のルートは定番の「上り北回り下り南回り」ではなく、初めての「妙体岩周遊コース」。

 北回りよりずっと距離が短い分、工石神社からの登りは等高線どおりのかなりの急登である。


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「赤良木トンネル」~「杖塚登山口」

「工石山直営店」を左折
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凍結防止に塩?昔からの疑問
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定番「杖塚登山口」はスルー
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「杖塚登山口」~「妙体岩登山口」

「工石橋」は「沢登りコース」の起点
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10時の方角に「妙体岩」
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「工石神社」参道が登山口
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「妙体岩登山口」~「南の頂」


登山口から見上げる妙体岩
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新装なった「工石神社」鳥居
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3分ほど続く急な石段
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突き当りに工石神社
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大きさを上手に伝えられず残念
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手水鉢は氷結したまま
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南側斜面なのにまだ雪が
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サルノコシカケを発見
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バウムクーヘン
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森の番人
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見事な根上がり
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浦戸湾の先に太平洋
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「南の頂」展望台
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石鎚山系の稜線
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「南の頂」から「北の頂」(迂回ルート)

岩の上に巨木が密生
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ひっかかった落枝ではなく実枝
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岩かと思えば倒木
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新緑が待ち遠しい巨大ブナ
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お見事!
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巨大な風倒木
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「北の頂」のパノラマ板
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東方「瓶が森」西方「石鎚山」
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ここは四国のヘソあたり
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たまらない山名がズラリ
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「北の頂」から「サイの河原」

つっかい棒健在
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大岩をつつみこむ根っ子
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倒木のガードレール
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それほど捻じ曲がらいでも・・
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「サイの河原」の氷柱
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スマホを落としても大丈夫
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「サイの河原」から「妙体岩登山口」

「妙体岩」へは川に沿って左下
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初めのうちは人の踏み後が頼り
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「南回り」の名所「ひのき屏風岩」
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ここで右に行きたくなるが・・
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判りにくいが左の木の石段が正解
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テーブル状の岩をみて小谷を渡る
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岩の上に四つ足君の落とし物
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大男の忘れ杖?と我が小男の杖
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次第に岩が多くなると
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登山口の工石神社の鳥居に下山
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「ふるさと林道」~「県道16号線」

来るたび気になる岩峰「黒滝山」
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県道16号線から見る「工石山」の稜線
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「妙体岩周遊コース」のおさらい

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【定番コース】

 画像最下部の登山口から、「杖塚」を起点にして、オレンジ色のルートを最上部の「北の頂」へ。山頂の稜線を「南の頂」へと移動し、「シャクナゲ道」または「鏡岩」経由で画像中央の「サイの河原」まで下山。「サイの河原」からは紫色の「南回り」で山麓を回り込むように「杖塚」へと戻る。


【妙体コース】

 画像の左上、「工石神社」から「妙体岩」の右を巻き込むように、急登を一気に「南の頂」へ登る。「南の頂」から「北の頂」へは、画像最上部のピンクの迂回路を進む。2つある「北の頂」から「サイの河原」への下りは、「サイの河原・鏡岩線」を下山する。「サイの河原」から「妙体岩登山口」へは、画像左上、ピンクの「し」の形のトラバース道、「妙体・サイの河原線」を進む。



【ご注意】

 往路「登山開始」

  「工石神社」建物の右を横ではなく上

 帰路「妙体・サイの河原線」

  左手「白赤白」テープは左の木の階段




【ご参考】

 高知県には、高知市の工石山の他に嶺北地方にも工石山があり、区別して奥工石山と呼ばれたりしている。

 ともに山名は「石」に由来するともいわれ、高知市の工石山は山内一豊の土佐入国の際にも土佐湾からはっきりと見えたという「妙体岩」、奥工石山は山肌の巨岩を見た平家落人が「この石が喰えたなら(喰石山)」と嘆じた故事に由来するらしい。

by ky_kochi | 2015-02-14 09:00 | 登山 | Trackback | Comments(0)

カフェ・ミシシッピ(本山町)

 四国の水瓶「早明浦ダム」周辺は、高知の山岳愛好家にはよく知られた白髪山、さらに県境にかけても大座礼山をはじめとする名山の宝庫である。

 厳しい寒さがやや緩んだ今日、噂に聞いていた本山町のカフェMISSYSIPPY(ミシシッピ)を訪ねてみた。気さくなオーナーご夫妻?と大きな黒い犬、そしてなぜか不思議と落ち着く異空間。石鎚山系の喫茶「卯の花」のように、小生の嶺北エリアのベースキャンプになること間違いない。


店内最奥の一人掛け席
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カフェ・ミシシッピ

築百年以上と思われる古民家をリメイク
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入口に赤電話
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レトロというよりは異国
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暖炉の前に守護神の尻尾
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アートなカップとトレー
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守護神がコーヒーに接近
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オーナーのアトリエ兼ギャラリー


画家でもあり
ミュージシャンでもあるオーナーは
このアトリエでコンサートも開くらしい

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 四国三郎「吉野川」上流にある、大豊町、土佐町、本山町、 大川村は、総称して「嶺北(れいほく)」と呼ばれ、山や川や滝、巨木や大岩、そして網の目状に広がる林道、さらには造り酒屋と、何度訪れても飽きないエリアである。

 高知自動車道の大豊ICから、国道439号線を西進、本山町中心部を過ぎ田井町へ入る手前、土佐本山橋のたもと、国道の南側がカフェ、北側の一段下がったところにアトリエがある。嶺北におでかけの際には、是非このカフェ&アトリエへ。

by ky_kochi | 2015-02-11 18:04 | 登山 | Trackback | Comments(0)

林道松床楮佐古線(香美市)~恋の峠道~

 先日、大月町柏島をアップしながら、この最果ての地「柏島」は、よさこい節に唄われた「純信とお馬」の悲恋悲話のもう一つの舞台であったことを思い出した。

 今から160年も前の安政2年(1855年)、「純信とお馬」が手に手を取って、はるか京都を目指した駆け落ちの道は、現在は立派な舗装林道になっていて、二人も越えた峠には記念碑が建てられている。


( 画像は平成23年当時のものにつき、お出かけの際は最新の道路状況等をお確かめ下さい。)

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日本3大がっかり名所
「はりまや橋」

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♪ 土佐の高知の播磨屋橋で
坊さんカンザシ買うを見た ♪

の坊さんは
実は「純信」ではなく
柏島出身の若い学僧「慶全」であった

毎日のように実家の手伝いで
竹林寺脇坊「南ノ坊」へ通ううち
先ず最初に
「お馬」とわりない仲になったのは
住職であった純信ではなく
学僧であった慶全であったが・・

いつしか年配の住職「純信」と
深い仲になっていく「お馬」の心を
つなぎとめようと焦った「慶全」は
はりまや橋の小間物屋「橘屋」で
カンザシを買ったという


車道の欄干に埋め込まれたカンザシ
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悲恋の舞台「五台山竹林寺」へは
市内観光周遊バスも運行中
運行状況の表示方法が
アナログで懐かしい
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五台山展望台から見る高知市街の眺め
ここはかつてのロープウェイ山頂駅
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さすがは人気の恋愛スポット
相合傘の書かれた鍵だらけ
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竹林寺の五重塔
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牧野植物園の庭園から
東山麓へと続く東参道は
竹林寺へ出入りしていた
鋳掛屋の娘「お馬」の恋の道
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現在はほとんど利用されていないが
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途中からへんろ路に合流する
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アブラゼミのお立ち寄り
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麓の「お馬」生家跡に残る井戸
法事帰りの夜道
田圃に落ちた「慶全」が
たまたま駆け込んだ家で
「お馬」にこの井戸の水で
袈裟を洗ってもらったのが
そもそもの始まりらしい
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再び五台山の北側へと登る
道端の鳥も悠然としたもので
逃げも隠れもしない
キジにも会ったが
全く人間に動じない
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「純信とお馬」が逢瀬を重ねた
逢い引きの岩
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二人はこの岩に並んで腰掛け
はるかに見える北山を越えて
駆け落ちする決意を固める
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もしやお二人は?
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それではいよいよ
「純信とお馬」の恋の峠道を目指し
国道195号線を高知徳島の県境方向へ

前日までの台風の大雨で
杉田(すいた)ダムは満水
あまりの水勢に怖気づき
とてもダムの堰堤を走る気にならず
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普段は川原の猪野々集落の下流も
この日は相当な水量
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新神賀橋には「轟の滝」のモチーフ
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物部川上流は滝の宝庫
橋のドン突きをライトターン
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「轟の滝」への分岐はそのまま直進
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さらに上流の永瀬ダムを目指す
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林道松床楮佐古線は全線舗装
未舗装の林道ばかり走らされる
相棒「銀号」にとって
これは高速道路に近い
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ほどなく峠に到着
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道ならぬ道に足を踏み入れた二人も
これから越える「笹越え」の山並みを
この峠から眺めたはず
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峠に建つ記念碑
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奥物部は見どころ満載
滝、山、林道・・
手作りマップはメモだらけ
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林道のいたるところに
落木や落石の跡が散在
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楮佐古集落入口にシブい常夜燈
天辺には鷹が鎮座
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台座のクサビには
退役したツルハシ2本
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道標にある「神池」をはじめ
「日ノ御子」「神賀」「韮生」・・
いざなぎの里として知られる
物部川の流域には
神がかった地名が多い
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大栃で再び国道195号線に戻る
山好きにはたまらない地名が
満載された道案内
今はなき伝説の「笹温泉」を目指す
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物部川上流にかかる橋は
総じて高い
工事中のガードレール替りに
ワイヤーにぶら提げた空き缶
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仲良き事は美しき哉
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必ず守りますとも
「橋の上一車」
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シースルーの足元から覗く
川面までは相当に高い
ここは長居する所には非ず
三十六計逃げるが勝ち
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ここで「笹」方面へと分岐
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看板もかなり疲れている
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古木の板に穴を空けた「笹」の文字
矢印にも見える竹カンムリがグッド
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「笹の番所」跡に到着

僧侶と若い娘の二人連れという
ただならぬ雰囲気に
すべてを察した番所の庄屋さん
静かに二人に諭して曰く

「この番所の裏手に阿波への抜け道があるが
二人は決してその道を越えてはならぬ」

暗に裏道の存在を教えるというはからい
いつの世にも粋な御仁がおわしまする
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二人が阿波へと越えた抜け道からは
外れるけれど
ここまで来たら
アリラン峠へも道草せねば・・
マニアにはかなり知られた道案内には
道は本当につながっているのかと疑う
地名がずらりと並ぶ
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この林道も峠までは全線舗装
徐々に高度を上げてゆく
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やがて矢筈峠(アリラン峠)に到着
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三嶺の山系では
すっかりお馴染みとなった警告板
この筆致に見覚えのある方も多いのでは
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この峠には
かつて大陸から強制連行された
人々の哀話が残っている
この先さらに徳島県の祖谷渓谷へと
走り抜けたい気持ちヤマヤマなれど
あいにく本日は時間切れ
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登ってきた道を引き返す途中
これまでガイドブックで見るだけだった
「笹の普賢堂」に初参拝
この山奥にありながら
その荘厳さはお見事
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行きには気付かなかった
ナイスな風景
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日本の滝百選「轟の滝」を
素通りしたとあっては
道草党としていささかの名折れ
ここは一つ寄っておかねば
この日は水量豊かで迫力満点
滝見物は大雨後の晴天がベスト
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永瀬ダムの大きさなら
よもやカブ1台の通行で
決壊することもなかろうと
堰堤を対岸へと恐る恐る走行
初めて見る大放水の眺め
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さてさて
手に手を取って
何とか讃岐の金毘羅さん
その名も「高知屋」という
旅館まで辿りついた二人であったが・・

御法度の関所破りを犯した罪で
土佐藩から追いかけてきた追手に
たちまち捕り押えられ
哀れ二人は土佐へと送還

土佐へ戻った二人は
4か月の入牢のあと
市中にある三か所の番所で
面縛晒し者にされたという


松ケ鼻番所跡(高知市九反田周辺)
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山田橋番所跡(高知市高知橋東)
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思案橋番所跡(高知市玉水町周辺)
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その後「純信」は
伊予との国境で追放され
現在の愛媛県川之江市へ

そして「お馬」は
最初は高知県東部
安芸川以東へと追放
四国霊場第27番札所「神峰寺」の
登り口にあった旅館「坂本屋」で
仲居として真面目に働いていたが・・

「お馬」のことを諦め切れず
川之江から行商人に身をやつし
連れ戻しに来た純信に従わず
いさかいとなり騒ぎをおこし
今度は高知県西部
現在の須崎市へと再追放となる

「お馬」が追放された
須崎市への途中には
純信の故郷でもある
現在の土佐市市野々があり
追放の途中「お馬」も
市野々番所に立ち寄り
多くの見物人に囲まれたという


「お馬」のその後を追跡するため
白バイ先導のもといざ須崎市へ

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土佐市市野々にある
純信の生家の近くには
国道56号線、高知自動車道
そのいずれにも
「純信橋」が架かっている
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国道56号線にかかる「純信橋」の南には
地元有志の皆さんが建てた
純信堂がひっそりと佇んでいる
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「よう来てくれた」
有志のお1人であろうか
純信の生家跡を教わった家でいただいた
「ごっくん馬路村」を飲みながら
境内でしばしの休憩
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「純信堂」からさらに国道を西進し
須崎市の「お馬神社」へ
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お堂かたわらの看板には
「お馬」の波乱万丈の生涯が
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そして神社の壁板にはうっすらと
「えんむすびの神様」の文字
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 高知自動車道の須崎東ICをさらに西進すると、「お馬トンネル」がある。

 後世の往還道に自分たちの名前が残る、そんな情熱的な二人のその後は、愛媛県の川之江に追放されてからも、募る未練に「お馬」との再会を願い続けた純信。

 そんな「純信」の思いに対し、意外とツレなかったという「お馬」は、再追放された須崎で結婚した後、一家で移住した東京でその生涯を終えたという。

 二人の人生は、道ならぬ恋の逃避行の頃よりも、その後の人生がさらに波乱万状、たいそう起伏に富んでいる。「純信とお馬」、そして影の主役の「慶全」、当人たちだけでなく、その周囲には実に様々な人間模様がある。

 「よさこい悲話」は諸説紛々、すでに何冊かの書籍も出版され、ネット上にもたくさんの記事がアップされている。興味のある方には、是非ご覧いただくことをお勧めしたい。


 


by ky_kochi | 2015-02-07 14:51 | リトルカブ | Trackback | Comments(0)