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茶凡遊山記

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カテゴリ:番外編( 14 )

小高坂山(高知市)


 高知城がある「大高坂山」の西に、「小高坂山」という自宅からもよく見える里山がある。住まいの周辺は、昭和2年に高知市に編入されるまでは「小高坂村」であったというし、現在でも小学校の校区は「小高坂校区」である。

 また、「小高坂山」の北麓は「高知市三ノ丸」と呼ばれ、土佐二十四万石山内(やまのうち)家二代目藩主、山内忠義公とゆかりのある土地である。

 今回、「大高坂山(おおたかさかやま)」と「小高坂山(こだかさやま)」の間には、かつて「中高坂山(なかたかさかやま)」という里山があったことを初めて知った。途中には、「薫的さま」で親しまれている「薫的和尚」のゆかりの地や、坂本龍馬ゆかりの「坂本家墓所」や「才谷屋墓所」もあり、実に見所満載の里山である。

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JR「円行寺口」駅東の「八反町」から
「小高坂山 → 中高坂山(址) → 大高坂山」と
反時計回りに一周する
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自宅の西に見える「小高坂山」
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「小高坂小学校」の北から出発
JR土讃線高架に沿って西(右)に進む
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高知駅の自動改札機にも驚いたが
高架の完成にも驚いた
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JR「円行寺口(えんぎょうじぐち)」駅を通過
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JR高架の西の終点が
「小高坂山」の北麓
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JR「高知駅」方面へと向かう
上りの特急列車「南風」号とすれ違うも
カメラが立ち上がった時には
すでに後ろ姿のお見送り

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先ずは「薫的(くんてき)和尚」仮墓所
「盤上(ばんじょう)神社」へ立ち寄ろう
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鳥居の右手に阿形(あぎょう)獅子像
左手の吽形(うんぎょう)獅子像の代打
本物の柴犬が可愛い睨みを効かす
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境内からは高知市の北東部を一望できる
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おやっ、ベンチにナバが生えちょる
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ご神水は飲料にも「適」とのこと
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いかにも謹厳実直な和尚の雰囲気
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自宅から見えるということは
逆も真なりと探すけれども
あまりに家が小さくて見当たらない
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拝殿の背後に聳え立つ墓標
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緑に映える白
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「山の端(やまのはな)」踏切で
JR土讃線高架は西のジ・エンド
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ここからJR「高知」駅の少し東まで
平成20年頃だったか高架となって
それまでの交通渋滞が大いに緩和された
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サツマイモ芋収穫後の芋の蔓
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ここでいったん舗装が切れる
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最初の四つ角を左折南進
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ゆるやかな登りとなる
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堀切の先に霊園への道路
左が近道だが
道なりに右へ下っていくと
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丘の上にある
霊園への道路に出るのでUターン
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霊園の最上部にひと際目立つ墓石あり
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 ここは土佐藩二代目藩主、山内忠義公の側室であった「壽性院(じゅしょういん)」の墓所。

 初代藩主山内一豊と「一豊の妻」で有名な正室の見性院(けんしょういん)の間には子がなく、山内一豊の弟の山内康豊の子である忠義を養子に迎え嫡男とした。

 忠義は徳川家康の幼女である阿姫(くまひめ)を正室に迎えたが、側室となったのが現在の高知県安芸市出身で圓地宗明の娘である「壽性院」で、忠義公の次女「佐与姫」の実母にあたる。

「壽性院」は「高知城三ノ丸」に起居し、「三ノ丸様」と呼ばれていたが、没後は市民の出であることから高知市「筆山(ひつざん)」にある山内家墓所に葬られることを遠慮し、「山内家墓所」のある「筆山」がよく見えるこの「小高坂山」の頂に葬られることを望んだといわれ、このことから墓所周辺は、現在でも「三ノ丸」と呼ばれているとのことである。

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墓石の足元に山内家の家紋
「三つ柏」の「土佐柏」
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すぐ西には坂本龍馬の本家筋
「才谷屋(さいたにや)」の墓所がある
 (高知市三ノ丸)
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「小高坂山」から南西に見える「丹中山(たんちやま)」の鞍部(高知市山手町)には、「坂本家墓所」がある「高知市歴史墓地公園」がある。

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「小高坂山」は海抜の割に展望が良く
南西方向に右から順に
「柏尾山」「烏帽子山」「鷲尾山」
が正面に見え、
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さらに東へは
右から「柏尾山」「烏帽子山」
「鷲尾山」「宇津野山」と続く
高知市の「南嶺(なんれい)」を遠望できる
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先ほどの四つ角に戻りさらに西進
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JR土讃線「サカヤシキ踏切」付近を
最近できた「旭町」へのバイパスが跨いでいる
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北に「鴻ノ森(こうのもり)」が見えている
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線路脇は野草のお花畑
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橋脚には複雑な仕掛けが施されている
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量販店の北でバイパスに合流する
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左手に量販店を見ながら下り、
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量販店駐車場の南西角を左折する
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「坂本家墓所」の案内版
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ほどなく三差路の右手に
「龍馬を育てた道」の道標
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三差路正面角の「坂本家墓所」案内板を左へ
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「坂本(竜馬)家一族の墓」の石碑がある
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2台駐車できる専用駐車場が設置されている
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公園入口は正面巨木の左手にある
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いつもよく掃き清められている
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どこまでが岩でどこからが木ですかの?
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「坂本家墓所」入口から先には
「坂本家」に関連する墓所が点在する
 (高知市山手町)
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墓石の撮影は憚られるのでプレートを
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「坂本家」墓所
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大河ドラマ等で見た名前がズラリ
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 都市開発の波の中、歴史的な墓所が残る「丹中山」や「小高坂山」の墓地が消失しかけた時代があった。

 現在、「高知市歴史墓地公園」として整備されるに至った経緯については、多くの書籍も出版され、ネット上にも様々な情報が投稿されているのでご覧いただきたい。
 
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「坂本家墓所」の傍らには
東屋も整備されている
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「丹中山」から北東に見る「小高坂山」
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公園の東の麓に降りてきた
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「才谷屋の墓」には
こちらからも行けるらしい
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「若一王子宮」で一休み
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樟の巨木が杉を抱え込んでいる
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先ほどの道標の前を南進する
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「若一王子宮」への看板を左折東進
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「山の端(やまのはな)」交差点に出る
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細い方の道を真っ直ぐ東進する
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「越前町郵便局」を通過しさらに東進
高知城築城に尽力した近江の築城家
「百々越前守綱家」の屋敷があったので
この辺りは「越前町」と呼ばれている
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 現在の「桜馬場公園」周辺が、高知城築城の盛り土のために削り取られ消失した「中高坂山」で、麓にはかつて「圓満寺」という古刹があったという。

 高知市民には、「土佐女子高校テニスコート」あるいは「ファミリー温泉桜の湯」があったところ、といった方がわかりやすいかもしれない。

 マンションの東側が、「城西公園」のお濠り(「江ノ口川(えのくちがわ)」)を隔てて、「高知城」がある「大高坂山」である。

「桜馬場公園」(「中高坂山」址)から
「大高坂山」方向(東)を見る
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「植木枝盛」屋敷跡
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かつて「圓満橋」があった場所には
現在は「桜馬場橋」が架かっている
前方に「大高坂山」が見えてきた
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かつての「圓満橋」は
今は「桜馬場橋」の南に移設されている
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三重連まではよく見かけるが
四重連以上は見たことがない
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「円満橋」のプレート
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「円満橋」から北の「桜馬場橋」を見る
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かつて日本一汚い川といわれた
チョコレート色の「江ノ口川」も
現在は魚が棲むまでに回復した
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こちらは一匹狼
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「城西公園」内を「大高坂山」へ
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「大高坂山」の北には
屋上にヘリポートを備えた高知「桜田門」
警視庁本部「桜田門」によく似た意匠
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「城西公園」内の池を渡る
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「高知城搦手門」から天守へ登城する
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歩いてきた「小高坂山」が西に見える
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「高知城二ノ丸」は天守閣の一段下
したがって
「高知城三ノ丸」は天守閣の二段下
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「二ノ丸」(北西)から見る天守閣
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「二ノ丸」(北)から見る天守閣
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真下から見上げる天守閣
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「黒鉄門」から見る「筆山」
「筆山」には「山内家墓所」がある
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「矢狭間塀」南端から
城内の植栽越しに見る「小高坂山」
ここは「大高坂山」だが
「小高坂山」との間にあった「中高坂山」は
築城の礎となり消失
「圓満寺」とともに幻の山となった

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南方向「高知県議会」越しに
「筆山」を見ながらゆるゆる下山
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右下奥に「高知城三ノ丸」が見えてきた
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「壽性院」も日夜眺めたであろう
「三ノ丸」(東)から見上げる天守閣
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「三ノ丸」は桜のお花見の名所
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大掛かりな石垣の補修が行われた
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高知城北側の「辷山(すべりやま)」を通り
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いざ「薫的神社」へ
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高知出身の内閣総理大臣は
浜口雄幸と吉田茂の2人だけ
こちらは「和製チャーチル」と呼ばれた
吉田茂の書
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神社正面の鳥居
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よく前を通るのに初めて見た
額字も吉田茂の書
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「盤上神社」と似た佇まい
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拝殿の「虹梁巻龍」が見事
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「あわしま様」は女性の守護神
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「薫的和尚御昇天の御牢」
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 この牢は元々は高知市旧山田町(現在のJR高知駅の南)にあり、「薫的和尚」が冤罪のために七年間ご苦労された牢であったが、幕末には平井収二郎(坂本龍馬の初恋の人といわれる「平井加尾」の兄)をはじめとする土佐勤皇党員が山内容堂の逆鱗に触れ切腹させられ、岡田以蔵は獄門刑、現在の「城西公園」にあった旧「高知刑務所」内に移転されてからも、大東亜戦争中には多くの政治犯が収容されていたという。

 昭和25年に「薫的神社」が払い下げを受け、和尚の当時の辛苦を偲び奉り、信者の修行道場として保存するに至ったとのことである。
 
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「薫的和尚」の御廟は拝殿北の岩場にある
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「薫的和尚」の壮絶な生涯については、これまた到底わが禿筆の及ぶところではないので、神社のホームページを是非ご覧いただきたい。



あ痛っ!
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JR「入明(いりあけ)」駅
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立体交差の真南に「高知城天守閣」
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「小高坂小学校」の北
「江ノ上西公園」前に戻ってきた
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本名は「江ノ上西公園」だが
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通り名は「ブタ公園」
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 iPhoneのアプリ「ヘルスケア」によれば、本日約5時間の散策は、歩数23,196歩、距離15.6km、上がった回数46階とのこと。

 この街に住み始めてからあと数年で40年、これまで朝な夕なに何気なしに目にしていた「小高坂山」だが、先日この地を青山の地と決めたことから、今回あらためてじっくり歩いてみた。

「小高坂山」→「中高坂山(址)」→「大高坂山」と巡るメインコースの途中に、「盤上神社」「壽性院墓所」「才谷屋墓所」「坂本家墓所」「若一王子宮」「薫的神社」を加えたため、ちょっとした山登り以上の運動となり、しっかり鍛われた結果、いまだに筋肉痛が完治しない。


 










by ky_kochi | 2018-09-27 13:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

バッテリー内蔵iPhoneケース

 デジカメを使い始めたのが2007年、これまでずっと単Ⅲ電池を使用するコンパクトデジカメを使ってきた。もちろんコンデジにも撮影時のコンディションに応じた様々な撮影モードが用意されているが、撮影時にその都度セットするのがどうにも苦手。その結果、最近特に、実際に目で見たように撮れていないことが多くなってきた。

 ある日の山行で、コンデジとiPhoneカメラ、両方で撮ってきて見比べたところ、iPhoneカメラの画像の方が自分が感じたように撮れていることが判明。いっそiPhoneカメラに乗り換えようと考えたが、問題になるのがiPhoneのバッテリー消耗問題。そこで考えたのが、バッテリー内蔵型のスマホケース。

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 Apple社の純正品もあるが、価格がかなり高く、ゴルフの2段グリーンのように背面の厚さが2段になっていて重そうなので、Amazonで見つけた輸入品を購入してみた。

 中国製で、商品名は「Smart Battery Case」とあり、Amazonサイトの商品説明には、

【対応機種】iPhone6/6s/7/8スマートフォン兼用バッテリー内蔵カバー。本品を使用することで、バッテリー容量が約280%増加します。これにより、19時間の連続通話、80時間の音楽再生、15時間の動画観賞が可能となります。外出中など、iPhoneの充電が切れてしまっても心配なし!いつでもどこでもiPhoneへ充電が可能です。

【急速充電】モバイルバッテリーとケースが一つになったコンパクトサイズの大容量ケース型バッテリー。スマホを衝撃や落下からしっかりと保護し、外出中は、バッテリー切れの不安を解消します。バッテリーケースにフル充電されている場合、スマホへは約1.7〜2.7回の充電が可能となっています。

とある、なかなか良(え)いですやいか。
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 中国語と英語の取扱説明書が同包されていたが、悲しいことにどちらも読めぬ。

 購入時の口コミに、販売元オリジナルの日本語取扱説明書が必要な場合はご連絡を、とあったのを思い出しお願いすると、すぐさま販売元からPDFファイルを送ってもらうことができた。
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 内側はこんな感じで、iPhone裏側のメインレンズ周辺用の穴をはじめ、見た目は普通のスマホケースと変わらず、厚さも少し厚いぐらいでさほどの違和感はない。

 内側にバッテリーを内蔵しているだけにやや重いが、首にコンデジをぶら下げて、胸ポケットにはiPhoneを入れての2台持ちを思うと、山行には全く問題なさそうだし、むしろiPhone1台で済むだけにラクな気もする。

 1/25000地図が読めない小生には、スマホのGPSアプリは必需品。デジカメはなくとも、iPhoneだけは山行に欠かせない。
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 iPhoneで撮影すると写真が逆さまになる時があり、iPhone上あるいはPC保存時に修正をしていたが、この問題も調べてみるとなんのことはなかった。

 iPhoneにはジャイロセンサーというiPhoneの傾きを感知しているセンサーがあり、このセンサーが正しく作動していない時に写真の向きが逆さまになるとのこと。iPhoneカメラを起動した時に表示される「HDR」の文字列の方向が、構えたカメラの縦横の向きと平行でないと(=垂直だと)、撮った写真が逆さまに映ってしまうという。

 したがって、方向が平行でない(=垂直である)時には、iPhoneを揺すって傾きを正しく感知させれば写真が逆さまになることはない。


 外側はフラットであること、無地であること、正式な塗装方式名がわからないが、サラリとした手触りの艶消しブラックも、小生の好みにドンピシャ。
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 上部も下部も厚さは15㎜ほどで、従来型の商品にあった下部の出っ張りがない。
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 内側の上部から下部を見ると、
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 内側の底部には、充電コネクターと、気圧調整・メインマイク・スピーカー、iPhone6用であろうかイヤホン用の穴もある。

 iPhone本体のライトニングコネクタを損傷しないように、スマホケースの充電コネクターに差し込みながら、慎重にiPhone本体をスマホケースの寝床に滑り込ませていく感じ。
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 外側の下部を見ると、
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 LEDライトによる4段階表示のバッテリー残量のインジケーターと、iPhone本体への給電オンオフの電源ボタンがある。
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 iPhoneの電源ボタンにも、
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 iPhoneの音量ボタンと消音スイッチにも連動している。
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 単Ⅲ電池タイプにこだわってきたのには、2つの理由がある。1つ目は、初めて買ったホームビデオの初回撮影時に、バッテリー充電に失敗して大事な映像を取り損ねたトラウマ。2つ目は、主に山歩きで使うため、万一の場合でも乾電池なら現地周辺で調達できること。

 周囲からはデジカメ用バッテリーの2つ持ちを勧められてきたが、AC100ボルトのコンセント信奉者としては、どうもバッテリーという装置に今一つ安心感が持てないことと、何よりも山行はいつも突然決まるだけに、あらかじめの充電ということができない。

 コンデジへは入山時に単Ⅲ電池2本をセットするが、1日の山行で300枚ぐらい無駄撮りするので、だいたい昼過ぎには電池切れとなり交換することになる。山行の間隔が空き過ぎると自然放電もあろうかと、繰り返し充電可能な単Ⅲ電池8個を毎回リュックに入れて携行している。

 単Ⅲ電池といえども8個ともなるとそこそこ重く、何よりもiPhoneカメラの写真の方が自分が見てきたイメージに近い。今からでもテストに出かけたいが、ここのところ天候その他で遊山から遠去かっている。使いもしないうちにアップするのもどうかと思うが、万感の期待感をこめて。

 このスマホケースにストラップ取付用ホールがあれば、山歩きの途中で落とすこともないし、高所での撮影時も安心できるのだが・・。まっ、欲を言えばキリがない、先ずは使ってみよう。




by ky_kochi | 2018-09-17 08:15 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

「アトリエ四万十」のカヌレ(四万十町)

 四万十町特産の米粉と栗焼酎「ダバダ火振り」とで仕上げる、カヌレの専門店が旧窪川町にあると聞き、早速「アトリエ四万十」に立ち寄ってみた。

 フランスで10年間修業し帰国したご主人が
6年前に開業、「実家が農家なので、米で何かやりたいと思ったのがきっかけ」で考案したカヌレとのことである。

民家風の「アトリエ四万十」
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アトリエは国道56号線沿い
四万十町金上野(きんじょの)にある
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ご主人は只今配達中
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中庭もお洒落
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休憩所も設えられている
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「無手無冠(むてむか)」は
「ダバダ火振り」の醸造元
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無手無冠の前掛け
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犬走りにもカヌレ
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足元の木札に書かれた心遣い
「足元 気をつけてね」が
「足 元気をつけてね」に見え
最近の歩き不足が頭をよぎる・・
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あっという間に平らげてしまい
カヌレの写真が撮れなかったので
配達車に描かれたカヌレをどうぞ
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カヌレに添えられていたカード
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『マチボン』Vol.1
 P118~P119 に掲載あり
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 かつての窪川町、現在の四万十町は生まれ故郷で、主に小学校までを過ごした。

 海抜200mを越える台地の町で、夏は相当に暑く、冬は寒いというよりは冷(ひ)やいという表現がピッタリの町であった。

 窪川町は「霧の町」と呼ばれるほど朝夕の霧が深く、昼夜の寒暖差とも相まって独特の風味の米を育んだ。

 窪川町の西、旧大正町の栗焼酎「ダバダ火振り」とのコラボによる「アトリエ四万十」のカヌレ、おススメです。 






by ky_kochi | 2018-04-07 10:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

案山子の里(徳島県三好市)

「剣山」登山口への途中、「三嶺」登山口がある「名頃」集落に、天空の里「案山子の里」がある。

 初めて見たのは平成21年3月の剣山からの帰り、奥山にやたらと人がいると思ったら、なんと住民に見えたのは案山子たちであった。それでは、8年前の画像をノーカットでどうぞ。

【ご注意】

 現在の「案山子の里」は、案山子の数もかなり減り、この記事の様子とはかなり異なっています。


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 先日の「剣山」からの帰り、「名頃」で車を停めて集落を歩いてみたが、8年前と比べると案山子たちの高齢化も進み、百単位だったその人数もめっきり減っている様子であった。

「限界集落」という言葉が世に出て久しい。何十年か後には、案山子だけになるのではと思いながら車の方を振り返った時、小学生ぐらいの元気な子ども数人の姿が目に飛び込んできた。

「祖谷川」の対岸に見える平成24年に閉校になった名頃小学校、彼らがこの小学校に通うことはおそらくない。




by ky_kochi | 2017-09-03 12:51 | 番外編 | Trackback | Comments(2)

キレンゲショウマ(梼原町)

 キレンゲショウマという花は、山に登る人は見聞きする機会が多いが、一般のかたの多くは、宮尾登美子さんの小説『天涯の花』で初めて知ったのではないかと思う。

 深山の湿った木陰にまれに見られるユキノシタ科の多年草で、7~8月に,茎の先に美しい円錐状の黄色い花が咲く。

 日本三大カルストの一つ、「四国カルスト高原」の南麓に広がる「梼原町」の「百一草園」に、キレンゲショウマを訪ねてみた。


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花と蕾はこんな感じ
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「百一草園」のパンフレット
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園内にはさまざまな植栽が広がっている
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 本日は平成29年7月16日、キレンゲショウマはまだほとんどが蕾だったので、平成25年8月11日の画像をどうぞ。

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これは「ヤマゴボウ」
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 国道197号線遊山の際のベースキャンプ「自由軒葉山店」の、定番セットメニュー「ラーメンチャーハン」(ラーメン+半チャーハン)、通称「半チャン」で腹拵え。

 本日は、味噌ラーメンでオーダー。

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 国道197号線を、愛媛県大洲市方向へと向かう。作家司馬遼太郎翁が「梼原街道」と呼んだ往還は、須崎市~津野町~梼原町の付近は「津野山街道」とも呼ばれている。

「宮谷」集落入口にある「大わらじ」
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スイカの良心市
スイカにもいろいろな種類がある
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かつてこの集落に疫痢が流行った時
魔除けとして作られたという
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地元で「金剛バッコ」と呼ばれる大わらじ
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「梼原町」は雲の上の町

「梼原町」に入ると「太郎川公園」には
「雲の上のホテル」と
「雲の上のレストラン」
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こちらは「雲の上の市場」
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「雲の上の温泉」と
「雲の上のプール」に
「ライダーズイン雲の上」
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この交通標語の作者は何と高知県人!
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「梼原町」の中心街
高知の山間部にある町村では
「馬路村」と並ぶ双璧
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「東向(こちむき)」集落への分岐
このあたりから道案内が現れる
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「東向」には興味深い逸話が残る
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「四万川川」(しまがわがわ)に沿って
坂本龍馬脱藩の道を遡上して行く
 (注)「四万十川」ではなく「四万川川」

その名も「だっぱん屋」
カフェ&パン「D'aPan屋」の案内も見える
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「六丁」集落で右折
「本モ谷川」を北へと遡上
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「龍馬脱藩の道」もここを右折する
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「加藤清正」の伝説が残る
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信仰深い土地柄
ミニ八十八か所が随所にある
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「四万川東小学校」跡
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校門跡には
石塔に扉付きで埋め込まれた時計
「昭和3年11月御大典」と刻まれている
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小学校跡の右手に「三嶋神社」
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周辺には見所がいっぱい
「百一草園」のある「東川」へは
神社前の橋を右折するが
「三嶋神社」は見ておこう
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なかなか立派な社殿
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伊予からの大軍攻撃の際に
伊予三嶋大明神に祈願
見事勝利を得たのが縁起
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鳥居の扁額も荘厳
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なかなか入念な造作
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木像建築は風通しの良さが重要
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神楽が奉納されるらしい
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見事な彫刻が施されている
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青地の白抜きは初めて見た
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いいね!
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小さな橋を斜め右に渡ると
電柱に「200m先右折」の案内
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ここにもミニ八十八か所
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最後にこの三差路を右折
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山の人々の仕事はいつも丁寧
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ほどなくゲストハウスに到着
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その名も「咲くまで待とう館」
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福寿草も見られるらしい
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よくお見かけしますが・・
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ゲストハウスは山小屋風
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昼寝をさせてもらいたい蹴上がり
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「キレンゲショウマ」は、黄色い「レンゲショウマ」とばかり思っていたが、その発見から命名に至るまでには、深い事情があったらしい。

 矢田部博士の命名に対し、植物学の巨星、かの牧野富太郎翁が強く非難したと書かれている。

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 まだ見頃ではなかったためか、先客はない様子。前回はたしか入園料を支払ったように思い、「百一草園」入園の際、隣接するログハウスにおられたご夫婦に声をかけてみた。

 奥におられたので自信はないが、垣間見た面差しからすると、この男性が草園のオーナーと思われる。

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それでは園内の最上部
第1駐車場から入園
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草園はかなり広い
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早速キレンゲショウマのお出迎え
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たしかに「虎の尾」に見える
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まだほとんどが蕾
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緑に黄色のコントラスト
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あなたがヤマゴボウさんでしたか
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たしかこの小径には「カタクリ」の名が
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「ヤマシャクヤク」であろうか?
ちっとも草花の名前が判らない
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見覚えのある道標
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数輪が開花している
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「実が生っています」とある
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クロイチゴはバラ科
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「てまり咲き」「八重咲き」「白花」「緑花」
「クサアジサイ」には咲き方があるらしい
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奥に分け入りたいが蛇を踏みそうで・・
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「トチバニンジン」の「トチバ」は
「栃葉」であろうか?
葉の形がトチの木に似ているような・・
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路傍の苗床
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発見者の渡辺協氏に由来する「ワタナベソウ」
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これは「ワタナベソウ」ではなさそう
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再び「キレンマショウゲ」群
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花はうつむきがちに咲く
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作業道の上段と下段に群生
こちらは上段
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初めてお目にかかります
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「斑入リオカトラノオ」
葉っぱに斑があるからか?
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第1駐車場の「白花姫平江帯」

最上部の第1駐車場の途中には
麓からいくつかの駐車場がある
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どこに咲いておいでますぞ?
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な、なるほど
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このあたりが福寿草エリアか?
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ゲストハウスを後にする
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「茶や谷」の茶堂へ寄り道
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「梼原町」には現在13の茶堂が残っている
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 茶堂には木像や石像が安置され、かつて津野山郷を治めた津野氏の霊を慰めるとともに、行路の人々に茶菓の接待が輪番制で行われていた。


丁重にお祀りされている
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茶堂だけに茶卓もある
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左奥の壁には
輪番の接待役の名前が
細かく板書されている
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脱藩の道は
「韮ケ峠」を越えて
伊予の国へと続く
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「耕して天に至る」
この地は棚田でも良く知られている

先ずは「野越トンネル」手前を左折
「神在居(かんざいこ)」の「千枚田」へ
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展望所が設けられている
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司馬遼太郎翁が絶賛したという
「神在居」の千枚田
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国道のトンネルの上が
先ほどの展望所
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巨大な杉の根元だけが見えている
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小さな鎮守の森に向かう
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大きな時化(台風)が来ませんように
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釈迦堂の傍らに
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「折れ大杉」と
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「千枚田オーナー制度」発足の記念植樹
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古株の上端から垂れた杉が
現在も活きているという
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今年初めて見るアマガエル
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枯杉の根元にミニ八十八か所
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黄緑色に良く映える黄色
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「津野町」にあるもう1つの棚田
棚田の里「貝ノ川」集落へと左折
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「貝ノ川」は「オオタヲ山」の山麓にある
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随所に道標があり迷うことはない
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ここを左手前に大きく切り返し
展望スポットへとひたすら登攀
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登り詰めた所が
「貝ノ川」の棚田の展望スポット
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キャンドル・イベントが催される
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これまたお見事!
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 キレンゲショウマをメインに訪ねるつもりが、いつもの道草癖のために、茶堂や棚田につい寄り道。

 道草の先々で新情報を発見するため、次の訪問地に事欠くことはないが、年齢とともに最近どうも行動力が衰退してきたように感じ始めてきた。

 相棒『銀号』は、10年を経てなお健康そのもので、軽やかなエンジン音をたてている。メタボな騎手も、もう少しの間、健康で遊山を続けたいと願っている。


 






by ky_kochi | 2017-07-16 10:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

高知伊丹線(高知~大阪)

「高知龍馬空港」がまだ「日章飛行場」だった頃、滑走路へと向かうYS11機のプロペラから吹き付ける風圧に驚いたことであった。プレハブ造りの飛行場の建物の前に植えられていたソテツの葉が、千切れそうなぐらいに揺れていたのをよく覚えている。

 その後、伊丹空港で初めてジャンボ機を見た時にはもっと驚いた。そしてそれは、田舎の小学校の木造の講堂しか見たことがない少年が、高知市の中学校の入学式で見た、鉄筋コンクリート造りの体育館の大きさに驚いた時に似ていた気がする。


「高知龍馬空港」から「大阪伊丹空港」へ
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隣りのスポットにJAL機が到着
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滑走路にはギザギザ模様
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先日歩いた「介良富士」(中央)から
「鉢伏山」への稜線が見えている
たしかに富士山の形をしている
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ロックフィル工法の「魚梁瀬ダム」

周辺は日本でも有数の多雨地帯であり
「魚梁瀬杉」は
「日本三大美林」の1つでもある
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徳島県の「那賀川」(下)と
「四国三郎吉野川」(画像中央上)の河口
これから「紀伊水道」を渡る
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紀伊半島に上陸
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「八尾空港」が見えている
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「大阪城公園」の桜も見頃
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飛行機も「淀川」を渡る
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「大阪伊丹空港」から
「高知龍馬空港」へと折り返す
「明石大橋」上空を通過
橋を渡れば「淡路島」
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左下に「神戸空港」への着陸機
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「土佐矢筈山」(手前)から
「小桧曽山」へと続く稜線

稜線の右手にあるバイク乗りの聖地
「京柱峠」(酷道439号線)は
高知県と徳島県の県境

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「永瀬ダム」(旧物部村大栃)
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太平洋まで戻って来た
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物部川河口から高知空港へと進入
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地面を擦りゃあしませんかの?
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 名古屋での学生時代、休日には「小牧空港」によく出かけた。送迎デッキには、航空無線を傍受するマニアたちおおぜいいて、彼らが肩にかけたラジオのスピーカーからは、管制塔とパイロットとのやりとりが漏れ聞こえてきて、日がな楽しませてもらった。

 航空自衛隊の基地との併用でもあったので、タッチ&ゴーの訓練の様子も見られたし、送迎デッキと駐機中の航空機のコックピットの距離が近く、パイロットに手を振れば振り返してくれたりと、一日中いてもちっとも飽きなかった。

「高知⇔名古屋」便は、「名古屋セントレア空港」ではなく「名古屋小牧空港
」を離発着する。利用するたび、遠い学生時代を懐かしく思い出している。




by ky_kochi | 2017-04-13 09:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

新改駅(旧土佐山田町)

 JR四国の土讃線に2つあるスイッチバック駅の1つ、「新改(しんがい)」駅は、「土佐山田」駅と「繁藤(しげとう)」駅の間にある無人駅である。

 高知駅を岡山駅へと発車した特急「南風」号が、「御免(ごめん)」駅と「土佐山田」駅に停車した後、車掌が切符検札に回り始める頃、進行方向に向かって左側の席から駅ホームへの引込線を見ることができる。

【ご注意】画像は平成28年7月のものです。
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「新改」駅は本線から北に分岐した場所にあり、その分岐点から南には長い引込線が設けられている。

 付近は上り列車(地図の右方向)にとっては急勾配であり、「新改」駅に停車した列車がそのまま発車しても坂道を登れなかったため、いったん引込線に入り加速を付けて登って行ったと、昔聞いたようにも思う。

 今はエンジンの性能も向上したのでその必要もなさそうに思うが、昔ながらの普通列車の停車駅でもあり、特急列車との行き違いの待避場所としても利用されているようである。

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体験宿泊施設「ほっと平山」方面へ
払下げられたものか
退役した路線バス
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ダム湖のほとりに案内板
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植林の中を高度を上げる
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海抜約200mにある
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土讃線の36番目の駅
以前は土佐山田町であったが
現在は香美市
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ホームの北は行き止まり
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渋過ぎる
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この標識は?
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線路終端
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ホームの南側は本線へと続き
左から来る本線に添うように
合流するX線状のスイッチバック
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高知方面(下り)の本線は右側で
左の山裾の奥へと引込線が延びる

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岡山方面(登り)の本線は
「新改」駅への分岐の先で
トンネルに入る
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たまりませんな!
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下り特急「南風」号が
トンネルを出て疾走して行く
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おなじみのアンパンマン列車
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右側の本線へと直進する
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引込線で行き違い待ち合わせ中の
下り普通列車がこちらへと発車
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「新改」駅へしずしずと入線
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図体は特急列車にひけを取らない
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1両編成のワンマン列車
都会の人に想像がつきますかな?
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「新改」駅での乗降中に
上り特急「南風」号が本線に
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あっという間にトンネルに消える
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最後に下りの普通列車が
「新改」駅をゆるゆると発車
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「高知」駅へと向かう
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ご安全に
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今度は右の本線に入線
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ホームの足元には
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はるか北には
高知自動車道の曽我部川橋
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お帰りはこちらなのだが・・
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気になる案内板
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カブに鞭打って
ひたすら山道を登ると
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その名も「武田神社」
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なんと勝頼公の墓所もある
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何ともシュール
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 以下の画像は、鉄道廃線にハマっていた頃、平成8年1月のものです。

この日は1月3日
お正月から遊山三昧
はるか北には「甫喜ケ峰」の
風車2基が見えている
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きちんと煤払いされている
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ローカルルール
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スイッチバック愛好会のかたや
地元の皆さんが
ボランティアで駅舎を清掃している
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新年の雰囲気が漂う
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この奥が行きどまり
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少し藪っている
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終端の標識も輝いている
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いいね!
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大層そそられるパーツ
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線路が使われている
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グッ・ジョブ!
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ホームに置かれたカゴ
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下り特急列車が通過
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現在は見かけない車両
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海抜200mならでは
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タブレット授受用のホームか?
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エクセレント!
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 最近どうも身辺があわただしく、というのは言い訳で、寒さに怯んでしまってすっかり遊山から遠ざかっている。

 野山にも、いつの間にかパステルカラーが増えてきた。このままだと出不精になってしまう、そろそろ始動せねば。






by ky_kochi | 2017-02-12 16:26 | 番外編 | Trackback | Comments(2)

お宝屋敷おおとよ(大豊町)

 大豊町にご縁ができて約20年、途中の「穴内」にある『お宝屋敷おおとよ』へは、これまで数回立ち寄らせてもらった。

 館長の中西さんは、報道カメラマン時代を経て、高知市で写真店を経営されていたが、この地に戻り『お宝屋敷』を運営する一方、毎年GWには全国からおおぜいのファンが集まる『お宝屋敷おおとよ連休祭り 』を主催しておられる。


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国道32号線を高知市へと帰る途中
瀟洒な小学校の建物が見えてくる
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おやっ?
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本館の南面
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本館の北面
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中西写真店の両脇に本館と別館
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本館
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別館
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 『お宝屋敷』は、館内にも館外にも、昭和を想い出す物品が溢れる異空間。見学希望者は、中西写真店に声をかけ、入館料300円で見学することができる。

 何といっても中西さんの解説付きでご覧になるのが一番、中西名誉館長のご在宅を確認の上でお出かけされることを強くお勧めしておきたい。

 それでは、懐かしい昭和の時代をノーカットでどうぞ。

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この風景(角茂谷)もお気に入り
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川面に映る赤い橋
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あんなところに大岩が・・
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よくそこで止りましたな
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朝から「銀号」で8時間
咽喉が乾いた
今晩は鉄板焼きにしよう
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 中西館長が、「どこの家庭にもあった物だからこそ共感を呼ぶ」とおっしゃっていたが、なるほどと大いに得心した。いくら歴史的に貴重な物でも、お金持ちの家にしかなかった物が飾られていても、見たことがない物には感動はない。

 是非この『お宝屋敷』にお出かけいただき、「家(うち)にもあったあった」、「子供の頃に見た見た」の感覚を満喫してみて下さい。



 
by ky_kochi | 2016-06-26 15:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

釜炒り茶(旧池川町)

 つい最近まで、「焼畑農業」が残っていた旧池川町の「椿山(つばやま)」の山麓に、「釜炒り茶」作りのお手伝いに初めて行ったのは平成18年のことであった。

 数日間をかけ手間暇かけて手作りされる「釜炒り茶」の、得も言われぬ香りと風味は、一度飲んだら病みつきになることうけあいである。


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 【ご注意】

 後半の花のコーナーは撮影日順ですが、その他は平成18年から平成28年までの間に、のべ6回お手伝いに行った時の画像を順不同に掲載しています。


薫風のなかカブで行った年もある
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ここにも見事な「仁淀ブルー」
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池川神楽も舞われた
「河嶋山神社」の社殿
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高台にある屋敷から見下ろす茶畑
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新茶が芽吹いている
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眼が良く見えるようになった気がする
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ここからが「釜炒り」の工程
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かつて楮を蒸していた頃の大釜
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ドラム缶の竈(かまど)に着火
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予め籠の重さ1kgを引いている
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正味4キロの茶葉が1回分
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鉄釜に茶葉を投入し
先端が二股になっている
2本の棒でかき混ぜる
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本日の1釜の炒りの時間は16分
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香ばしい匂いが漂い始める
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箕(み)と呼ばれる竹製の篭に移す
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手箒で最後の茶葉まで取り出す
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 実際にはこの「釜炒り」の後、炒られてしんなりとした生葉は、先ほどの箕(み)の上でじっくりと手揉みされるが、その工程の画像が手元にない。茶畑で生葉を摘んでいるか、釜場で炒っているかのどちらかが多かったからである。

 今年初めて揉ませてもらったが、炒られてしんなりとした茶葉がついた指では、日頃いかに駄鬼(だき)な小生といえども、さすがにシャッターは押せない。


炒られた茶葉は
筵(むしろ=みしろ)に薄く広げ天日干し
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やがて黄緑色が緑色となり
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深緑から黒色に変わっていく
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庭や塀のすべてが干場になる
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次から次へと増えてくる
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ナイスなコントラスト
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梯子や板を総動員した干棚
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ついに玄関先にまで到達
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頃合い良しとなるとまとめられ
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次なる「炒り上げ」の工程を待つ
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 お茶摘みの期間には、親戚一同おおぜいの人々が本家に集合する。茶畑や家屋敷は老若男女で溢れ、10人を越えるというひ孫の世代は、トカゲを追い回したり、カニを捕まえたりと、なかなか賑やかである。

 やがて日が暮れると、先ほどまで茶葉を天日干ししていた庭は夜宴会場に変わるが、呑んでは摘み、呑んでは炒りといったぐあいで、お天道様が高いうちからすでに宴会に近い。

 特に暑い釜炒り場に配属していただけると、絶妙のタイミングでビールが運ばれてくるという幸せに恵まれる。


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 もう一つの楽しみが、やや高台にある見るからに格式高い屋敷内に、毎年咲き乱れる花を観ること。

 年が変わっても、いつもの場所に同じ花が美しく咲いているのを観るたび、普段からいかに丹精込められているかと感じさせられながら、早や10年が過ぎた。


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 それでは、今年の「仁淀ブルー」を思い出しながら、おみやげに戴いてきた新茶を早速いただこう。


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by ky_kochi | 2016-05-05 06:00 | 番外編 | Trackback | Comments(0)

五色ノ浜(土佐市)

 土佐市宇佐の「五色ノ浜」に、久し振りに出かけてみた。このゴロタ石の浜は、高知県民のソウルフード、「ガシラ」を釣ったり、本日のお目当ての「カメノテ」を採ったりと、磯遊びにはもってこいの場所。

 今日は残念ながら、潮の引きもイマイチの上に波があり、「カメノテ」は採れなかったが、久し振りに「磯を這う」好日となった。

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宇佐漁港を過ぎ宇佐大橋を渡り
「竜ノ浜」から少し登ると
左手にフェンスが見えてくる
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フェンス手前の広場に駐車し
ここから海岸に下りて行く
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下りの急カーブになっているため
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アスファルトに無理がかかっている
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高知市方向(東)に「伊坂ノ鼻」
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遊歩道は東へと下りている
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「五色ノ浜」へと降り立つ
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東に見える「伊坂ノ鼻」を越えて行く
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足摺岬方向(西)を振り返る
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崖の真下に来た
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鞍部を越えると広がる漁場
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この案内板の横から
「伊坂ノ鼻」へ登ることができる
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太平洋を見渡せる
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本日は弱いうねりがあり
海に皺が見えている
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「伊坂ノ鼻」から西を見る
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♪この木何の木気になる木~
幹からいきなり葉が出ている
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なかなかに貴重な場所らしい
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どりゃ「カメノテ」を掘ってみるか
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こちらは剥がす方で
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こちらは引っ掻き出す方
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い、いかんっ、
「カメノテ」が細(こま)すぎる
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この「ヨメザラ」も
茹でると身は米粒ぐらいになろう
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こりゃあどもならん
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とぼとぼ引き返す峠道にナイスビュー
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メタボ親父には狭い道は危険
草の生えた細道を進む
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脇腹が山側に当たった時などの
「はずみ」というものが怖ろしい
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あなたはたしかキクの仲間
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そちらの紫の君はどちらさんかな?
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いかにも貝が小さい
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西の磯への遠征の途中で
東の磯を振り返る
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国土調査の跡がある
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絶壁にロープがかけられている
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ここにも国土調査の跡
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ロープは手前の岩に括り付けられている
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西の磯にも「カメノテ」の気配無し
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潮風の当たる岩肌には自然の花畑
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降りて来た道はまた登らねば
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♪沖行く船の~無事を祈って~
見に行きたいがちょっと高すぎる
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仲良きことは美しき哉・・・
おやっ?
横恋慕する花が一輪
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駐車場へ帰る前に「伊坂ノ鼻」を
あらためて見ると
突端部分は存外と高い
あんな所にいたなんて
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旧「横波スカイライン」まで
左に見える遊歩道を登る
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大岩は鳥たちのお休み処
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収穫があればケンケンで登るが・・
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 メランジュとは、いろいろな岩石が無秩序に混在している地層、とのことで、この「五色ノ浜のメランジュ」は、国の天然記念物になるほど貴重なものらしい。

少しも存知ませんで失礼
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海辺にも紅葉
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中央の黄色はモンキチョウだが
目に見えているように写らない
カメラ屋で聞くと
見えているように写すのが
一番難しいとのたまう
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半島の「崎山」の向こう
外海が太平洋側の「五色の浜」
裏側の「竜ノ浜」は一転して波静か
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遠く左手突端に
「桂浜」の「坂本龍馬記念館」
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 実はこの浜では、一昔前に息子と「ヨメザラ」を剥していて、大波に浚われたことがある。沖合いを通る大型船のものであろうか、それまでより2回りほど大きい波が来て、2人とも引き波に一気に沖に流された。

 海中で2回転した後、浜を見ると、どうやって這い上がったものか、こっちに向かって手を振る息子の姿を見てすっかり胸を撫で下ろしたが、今度は何とかして自分も浜に上がらねばならぬ。

 その時であった、何度目かの大きな波が寄せて来て、ゴボゴボという鈍いサウンドの中でもう一度岩の上で2回転したが、気が付いたら履いていたサンダルの片方とともに浜に打ち上げられていた。コンタクトレンズの片方も落し、波で引き千切られた麦藁帽子も少し離れた場所で見つかった。

 我に返って両手を見ると、右手には貝採り用のバール、左手には直前に採った「ヨメザラ」をしっかり握っていた。直前に買ってきたバールはたしかに高かったが、海中で手離せばもっと身体の自由が利いたのではないか、だが岩の上で回転している時に突っかい棒になったような気もする。まあバールは良しとしても、貝を欲遠しく握りしめていたのはいただけない。有事の際には手はフリーにしておかねばならぬ、やはり何事も経験である。


10年前に危うく遭難した日の波
今日より少し波が高い
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引き千切れた麦藁帽子
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この日のお目当ては「ヨメザラ」
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塩水から茹で始め
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ひと煮立ちすればOK
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ザルにあげると
貝殻と身が分離されている
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カメノテとカラス貝
お腹を壊さないよう
南天の葉と茹がく
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 今日の「五色ノ浜」は、磯がひどく疲弊した印象であった。10年前に貝がびっしりと貼りついていた岩場には、およそ貝の気配はなく、海中に怖いほど繁っていた海藻もその面影さえ感じられなかった。

 黒潮の流れに異変が起こっているのであろうか、今年はカツオが記録的な不良だという。あまりに寂しい風景だったので、10年前の活気溢れる浜の様子をどうぞ。


カメノテ
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ヨメザラ
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カラス貝
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グジマ
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フジツボ殻
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 前日に魚屋でエサとなる鰹の「ハランボ」を仕入れておき、磯で針に刺すつど切って使う。この「ガシラ」という魚は典型的な根魚で、岩の穴などの棲家にいさえさえすれば老若男女誰でもほぼ確実に釣れる。

 真っ白い淡白な身は実に美味で、土佐ではよく唐揚げにされるが、刺身にしてもエクセレント。エサを切る包丁を持っていれば、帰る前に磯で捌いてハラワタを捨てて来ることができ、「包丁を研いじょいてよ」ではなく、「天麩羅油を見ちょいてよ」で済む。


ガシラ釣りのエサは
鰹の「ハランボ」
鮪でいえば大トロにあたる
七輪を浜に持ってきて
塩焼きにしたい気分
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今は元気に泳いでいるが
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このあと浜で下拵えされる
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家では飾り包丁を入れるぐらい
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下拵え完了
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唐揚げにはビールですな
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 高知市から車で30分ほどで来られる土佐市の宇佐海岸では、「五色ノ浜」での磯遊びをはじめ、かつてアサリの潮干狩りで賑わった「天皇洲」、「宇佐大橋」下でのバーベキューなど、随分と楽しませてもらった。

 浜で流木を拾い集め焚き火を起し、途中で買ってきたサツマイモを海水で洗って焼き芋にしたことがあった。冬の寒い日であったが、焚き火にあたって暖を取り、ホクホクに焼けた香ばしい香りの焼き芋の味をよく覚えている。

 浜で焚き火をしても誰からも叱られなかった、まことに長閑な時代であった。


by ky_kochi | 2015-12-13 11:00 | 番外編 | Trackback | Comments(6)