安芸市奈比賀の「大江」地区に遷移された「高峰神社」は、かつては標高約240mの「押ケ峰」の山上にあり、そこには神職さんのお宅ともう一軒のお宅とがあって、山上には水田があったという。
奈比賀で2024年2月に、「三寶神社」(高峰神社)に関する古文書を見せていただいて以来、「ふれあい教室」へと右折する「奈比賀橋」付近から見上げる「押ケ峰」に、いつか登りたいと思い続けて来た。
地域の皆さんから「押ケ峰」に関する情報を集めているうちに、教室や地域で大変お世話になっているかたの中に、「押ケ峰」に大変詳しいかたがいることを知り、今日の標高差約190mの調査登山となった。

「安芸市奈比賀」は、「本村」「大江」「中角」の3つの地区からなり、かつて「高峰神社」は、「大江」地区の北、「押ケ峰」の山上にあったが、関係者の高齢化が進み、山麓の「大江地区」に遷移された。
★ 過去記事の「押ケ峰」画像の山座誤認を訂正
「高峰神社」はかつて
「押ケ峰」の山上にあった

「奈比賀天満宮」から
「高峰神社」跡へ登ろう!

画像中央右「奈比賀橋」を渡ると
「ふれあい教室」がある「中角」地区
画像中央左の山麓が「本村」地区で
正面「伊尾木川」左岸が「大江」地区

「奈比賀天満宮」
鎮守の森の右上
画像中央が「押ケ峰」

セイタカアワダチソウのお出迎え

右肩の樹木のあたりが
「高峰神社」が元あった場所

気になる木は
何本かの樹木の塊で
一本立ちの木ではない

麓から見上げると一本の巨木に見えても、実際には数本の木の塊だったことを、「義盛山」(土佐市)で体験した。
土佐市の「用石」と「塚地」の山越えの古道の峠あたりに、♪この木なんの木気になる木♪、遠目にも一際大きく、あたかも一本木にみえる巨木に魅せられて、2回目の調査登山でようやくその正体を確認した。
ただ、その時に土佐市「塚地」側で見た「猿喰(さるばみ)」という地名、その謂れを調べに行こうと思いながら、あっという間に6年が過ぎてしまった、歳月は人を待たず、嗚呼。
「天神橋」を渡り
「伊尾木川」左岸の「大江」地区へ
♪ とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこの ほそみちじゃ
てんじんさまの ほそみちじゃ
ちっととおして くだしゃんせ ♪

下流側に「本村」地区
「伊尾木川発電所」が見えている

上流側に「大江」地区
「押ケ峰」の右肩に樹木の塊
あそこまでの標高差は約190m
秋めいて来たとはいえ
まだ真夏のようなこの日盛りに
無事に往復できるだろうか・・

見事な意匠

「伊尾木森林鉄道」の軌道跡
当事の軌道幅はかなり狭く
この半分ぐらいだったという

信心深い土地柄

月間予定表と
ユニークな郵便受
このように
物事は楽しくやらねば

森林鉄道の
複線軌道の名残りで
道幅がここだけ広い

ここから約5km上流
「赤鉄橋」(西坂本橋)や
「入河内大根」で知られる
「安芸市東川」まで
森林鉄道軌道跡が残っている

美しいカーブを描く軌道跡

旧「高峰神社」の
麓までやって来た
大祭や縁日には露店が並び
宮相撲も行われたとのこと

「水神谷」と聞いた気がする
小さな橋が谷に架かっている
この橋を渡った右手が
「高峰神社」への参道入口
軌道跡に見覚えがある原付が駐車中
「押ケ峰」を教わったかたの原付では?

軌道跡はさらに
「伊尾木川」の左岸を
「東川」へと北上して行く

「高峯神社」参道の入口に戻る

地形図通りの九十九折が続く

運動不足の足腰に
ジワジワと効いてくる勾配

神社も農地もないのに
手入れの行き届いた参道は
信仰深く
道を大切にする土地ならでは

何か所かで
参道が二手に分かれるが

どちらに進んでいても
たいていの二股は合流する
植生が豊かになって来た

「道跡が残っちゅうろうか?」
「猪や鹿が道を破っちゃあせんろうか」
「踏み跡が残っちょたら良(え)いけんど」
地元の皆さんが随分心配してくれたが
中腹の登山道の状態は
最近登った登山道の中では秀逸
まるで参勤交代の殿様道だった

荒れていると言ってもこの程度

コラッ脅かすなっ
大蛇かと思うたじゃいか

参道は
画像右手の小谷を渡り方向転換

この細い流れが
「押ケ峰」山上の
水田を潤していたのだろうか
そしてこの小谷が
正しく「水神谷」だろうか
下山したら教わりに行かねば
ここからは
登攀方向の左側が崖に変わる

山を登るかたなら
お解りいただけるだろうか
頭上が拓けて山頂近しの予感

稜線に取りついたもよう
写真を撮りながら約25分だった


倒竹の指示に従い
高台のように見える広場へ左折

倒竹の根元に

酒は憂いの玉箒
御神酒上がらぬ神は無し

役目を終えた農機具たちが
時の流れの中でゆっくり醸成中


この竪穴の使い道は?


果樹園の跡か?
今でも
下草が刈られているのだろうか?

大岩の周りに
人々の暮らしの跡が残っている

老兵は去り行くのみ





池に見える水田跡の縁を
反時計回りに周回して行く

里道がきれいに残っている

いつの時代のものだろう?

何年後かには池になるのでは?

所々に果樹が残っている

無人になった集落跡とは
とても思えないような佇まい

サルノコシカケ

古木の右にへし折れた老木
天寿全うによる倒木の他にも
落雷による倒木や枯木が多いらしい

緩やかな登り坂になる

将来もしここが池になったら
奈比賀の新名所になるに違いない

山頂に「高峰神社」の拝殿跡
この画像は拝殿の背後になる

南に向いた拝殿の正面



境内に数本の巨木が林立
麓から見上げた時に
一本の巨木に見える


境内の南に
麓からの参道が到着

いつの間にか
人知れず倒れ果てた鳥居

鳥居の奥に拝殿

麓からの表参道

画像中央やや右に
鳥居の足元の一部がある
人知れずこの鳥居が倒壊した時
折れて千切れたものと思われる

宮相撲も催されていたそうだが
境内に土俵の跡は見当たらなかった

拝殿の裏側に回ると

本殿へと続いていた
石段の跡が残っていた

本殿が鎮座していた
約半間四方の台座跡(画像左上)
ここにあった本殿の建物は
「大江」地区に遷移されている

本殿にあったものだろうか
鳥居の笠木のように見える

本殿跡からしずしずと退出する

水田跡を左下に見ながら

表参道を下山する

いつの日か
池になってくれまいか

近付いてよく見たら
イノシシの蒐場になっている
対岸の木立ちを出発し
水田跡を一周りした道を
反時計回りに振り返ると


境内から表参道を下り

水田跡へ戻って来る

シダが生い茂り

これはもう猪の楽園

花札の世界
「猪鹿蝶」のお休み処


田んぼに余った水が
麓へと向かう細い流れ

石橋が架かっている

石橋は当時の生活道の一部

無人となって久しいのに

この整然さはなぜだろう

麓からの参道の
分岐点まで戻って来た

登って来た時には
集落跡に取り着いて

水田跡の周りを右側から

反時計回りに
正面「高峰神社」跡を周回し

表参道から
ここ集落跡へ戻って来た

登山道との分岐点からさらに山上へ続くこの道を登って行くと、今年3月に「大江」地区の共聴アンテナを保守点検に行った日に、引き返して来た山上の四差路に行けるはずなのだが、本日は時間切れ。
「押ケ峰」から先はやや荒れているように見えたが、奈比賀に通っているうちに、是非一度歩いてみたいと思っている。

下山開始
ピー・ピッ!

倒木の下に埋もれたお皿に
キノコがそっと寄り添っている
住まわれていたかたには
見覚えあるお皿ではあるまいか

それにしても
手入れが行き届いている
一体どなたがここまで綺麗に

とても見づらいが
落雷によると思われる
大木の根元が残っている

登りの勾配が早かった分
滑空するように下山できる


丁寧な道普請がなされている

食べてもかまいませんかの?
やっぱりいきませんろうねえ?

小谷を跨ぐ地点まで降りて来た

この谷が「水神谷」かどうか
一刻も早くどなたかに教わりたい

この辺りだけ少し落石がある

往来には全く問題なし

こう見えて
左下の小谷までは急斜面

滑るようにではなく
時々滑りながら高度を下げて行く

途中いくつか左右の二股があるが

どちらに進んでも
そのうち合流する

この日登山道で見た
最も大きい洞(うろ)が画像右に


日本航空殿?
ツルマルマッチ殿?

茶色の登山道に「緑二点」

緑を見ると
眼が良くなったように感じる


前方に大きな二股

ここで左右どちらへ進んだかを忘れたが、今日は残念無念、スマホのGPSアプリが、出発してすぐにログの採集が停止していた。
左右の二股に出くわしたら、よほど路面状態が悪くない限り、右なら右、左なら左、初っ端に選んだ方に、上りも下りも進むようにしている。
するってえと、下山後に歩行ログをおさらいした時、登山道のどこに二股があったか、そして、その時の選択が正しかったかどうかを知ることができる。
今日は、ログ採集の停止に気付いて再開したのが、なんと「水田跡」に着いた時だったので、下山路の歩行ログしか採集できてなくて、左右二股の地点が全く分からない。
登り直す気力も体力もなく、こういう時には我が座右の銘の一つ「物は考えよう」が登場、「気付いたのが山頂で良かった、少なくとも復路だけはログを採れる」と、「考えよう」というと聞こえが良いが、正味はただの得手勝手な「こじつけ」でお茶を濁している。
悪いことに、なぜ採集が停止していたかを検証しようとは決してせず、十中八九は自身の何らかの操作ミスなのに、アプリ側の問題に違いないと決め付け、なんでもかんでも、人のせい、世の中のせいにして、自分は悪くないとしらばっくれている。
つまり、生まれながらにして、反省する才能というものが無い、ということになる。

あんな所にお墓がたあっつろうか?

墓石に見えたのは
倒木の根元だった
落雷が多いと聞いたが
これも落雷の立ち割れだろうか

ヘアピンカーブ

奈比賀の「本村」地区が見える

現在は作業道となっている
「伊尾木森林鉄道」軌道跡に下山

参道入口近くに駐車していた原付の姿がない、もしやと思って、帰り道で「押ケ峰」を詳しく教えていただいたかたのお宅に立ち寄ると、原付で参道入口まで行って栗を拾っていた、とのこと。
今年の栗は大きいと聞いていたが、ザルにマケマケてんこ盛り、五合(ごんごう)は優にある、見事な栗を見せてくれた。
その時ふと思ったことだが、近く小生が「押ケ峰」に登ると聞いたこのかたが、お一人で参道を清掃してくれたのではあるまいか?、そうとしか思えないような、無人集落へと続く「高峰神社」への参道の整然さだった。

森林鉄道軌道跡を
♪川の流れのように♪
ゆるゆると下って行く

草花が安心してホコッている

この地の名産品
柚子の畑が見えて来た

「押ケ峰」を振り返る
ゆっくり登ると30分弱
小学校低学年の子供が
麓の学校に通うのは大変

境内に立っていた
巨木の本数や枝振りからみて
あそこが「高峰神社」に違いない

仲良き事は美しき哉

よう肥えちょる

往路では向かって左を
復路では向かって右を
爪先立ててモンローウォーク
♪ 行きはよいよい 帰りはこわい ♪
この日は登山靴を忘れて
普通履きののスニーカー
帰りは思いの他に泥が深く
ジル田んぼをコブってしまい
何年振りかでスニーカーを洗った

いかにも軌道跡らしいカーブ

右前方の
道幅が広い場所だけが
複線軌道だった名残り

森林軌道跡から外れ
「伊尾木川」左岸の堤防を進む

い、いかんッ
現在の「高峰神社」へ行っちょらん

「大江」の集落に戻り
遷移された「高峰神社」へ
切り返すように登って行く

一段高い位置にあるこの道が
かつての森林鉄道の軌道跡で
「高峰神社」はさらに右上にある

正面に「押ヶ峰」
あの山上から麓のこの場所に
「高峰神社」は遷移されて来た

「高峰神社」前の鳥居

鳥居をくぐって石段を登る

「高峰神社」拝殿
裏側に本殿があるらしいのだが
気付かずに帰って来てしまった

「押ケ峰」の境内入口にも
似たような手水石があったが
この手水石も本殿と同じように
麓まで運ばれて来たのだろうか

「高峰神社」の下に「塩釜神社」

「高峰神社」から見る「本村」地区
「天神橋」を渡った先が「天満宮」
「塩釜神社」に立ち寄り

参拝を済ませ

森林鉄道軌道跡を帰る途中
ここからも
「押ケ峰」が良く見える

間もなく収穫時期を迎える柚子

「天神橋」を渡って「天満宮」へ

「奈比賀天満宮」

「天満宮」は学問の神様

鳥居の奥で、向かって右が阿形、左が吽形、二頭の守護獣が睨みを利かせている。
「阿吽」とは、仏教のサンスクリット語に由来し、「阿」は口を開いて出す最初の音、「吽」は口を閉じて出す最後の音で、ギリシャ語の「アルファ」と「オメガ」と同じように、物事の始まりと終わりを表わしている。
人は「あ」と声を出して生まれ、「うん」と口を閉ざして死んで行くという法話や、「阿」と「吽」は「雌」と「雄」を表す、あるいは「阿」と「吽」の間の上位下位の論争など、諸説論争かまびすしい。

初めて「奈比賀」を訪ねたのは、2021年の年の暮れ、チューリップの植付の日だった、まもなく4年になろうとしている。
定年退職後の今年2025年4月から、安芸市奈比賀にある安芸市教育支援施設「ふれあい教室」に勤務しているが、着任前から学校行事や地域活動に参加させてもらっていた。
2024年2月に、地域に残っている「高峰神社」に関する古文書を見せてもらってから、いつか神社が元あった「押ケ峰」に登りたいとずっと思って来た。
「ふれあい教室」に通ううち、地域の皆さんにとても良くしていただくようになり、「押ケ峰」を最も良く知るかたに巡り逢い、ついに今日の登山が実現した。
農業の神様である「高峰神社」と、「三宝(寶)様」あるいは「三方様」とは密接な関係があり、これまで訪ねて来た高知県内にあるいくつかの「三宝様」は、大半が「三方を見下ろし海の見える」高い山の上にあった。
【過去記事】
2018年6月16日
2018年6月16日
2019年8月18日
2023年12月7日
2023年12月7日
2023年12月28日
2024年3月10日