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水ノ峠(旧池川町)【2/3】水ノ峠


「今日のめあて」を大きく分けると、「御嶽」の遠望と、「水ノ峠」の再々々・・?の二つ。

 午前中に、「赤藪」「明戸岩」「大西」「岡田屋敷」を経由して「御嶽」に接近し、午後から一旦は「林道下土居桧谷線」を南下して、「栗味」の集落跡を捜索したものの発見に至らず、踵を返して「林道下土居桧谷線」を一転して北上、旧「池川町竹ノ谷」の背後の山上の林道群を反時計回りに、「ツボイ放牧場」を経由して、「水ノ峠」を目指す。

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【本日のルート】

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「水ノ峠」エリア
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 パソコンでルート図をご覧いただくには、以下の【ルート広域図】【ルート拡大図】をクリックしていただき、画面左側に表示される「サイドパネル」を折りたたんでいただくと↑の画像になります。

 なお、GoogleMap航空写真のルート図は、パソコンで見ると↑の画像のように再現されますが、
スマホではルートが正しく再現されませんでした。


GoogleMap航空写真で
 ルート広域図を見るには
  ↓をクリックして下さい。

GoogleMap航空写真で
 ルート拡大図を見るには
  ↓をクリックして下さい。


これは今日
「水ノ峠」で撮ってきた地図だが
  ひび割れ部分が道に見えている
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 2007年2月に、『春燈』(宮尾登美子/著)に書かれていた、著者が高知市の生家の呪縛から離れ、「安居国民小学校」(旧「池川町安居」)の代用教員として赴任する日の足跡を訪ねた時の、愛媛県の松山への往還道の略図が残っていた。


「旧松山街道」は、越知町横畠から「黒森山」の南麓を経由した後、「鈴ケ峠」から「見ノ越」へ降り、「上土居」から午前中に訪ねた「大西」を通って、「用居」や「瓜生野」を経て、愛媛県境の「サレノ峠」を越えて、「東川」(旧「愛媛県美川村」)を経て「松山」へ続いている。

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「予州高山通り」は、「上土居」で「旧松山街道」と別れ、「下土居」から「寄合」を経て、これから訪ねる「水ノ峠」を越えて、「雑誌山」の北麓を愛媛県境の「黒滝峠」へと進み、「黒藤川」(旧「愛媛県美川村」)を経て、「松山」へ続いている。

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 現在地は、画像右上の「大規模林道小田池川線」が半円を描くように降りて来て、右上の「町道坂本1号線」へと分岐する地点。

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「大規模林道小田池川線」から
 「町道坂本1号線」が右上に分岐 
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後方は「大規模林道小田池川線」
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「水ノ峠」はここから3km
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すぐに舗装路は終わり
 ご機嫌なダート道に変わる
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「水ノ峠」手前の広場に到着
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画像左奥が「雑誌山」登山口
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「予州高山通り略図」に
 「雑誌越え」の枕言葉が付く
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【過去記事】2014年11月

【過去記事】2013年7月


『おもかげの昭和』(飛鳥出版室/小林勝利 著)という著作の巻末に、「雑誌山の開拓村を捜して」というあとがきがあり、「昭和(1938)年に始まり、昭和24年には20戸、六十人が入植。最後の一人の年老いた入植者が、昭和38年の豪雪により山を去ることで無人となった」(『池川町史』)こと、高知新聞の昭和21年5月の記事には、「50戸二百人の入植者」とあったことが書かれていた。

 著者の小林さんは地元のかた二人との三人で、「昼食20分を含め6時間歩き通したが、結局この日も時間切れとなり、開拓地は見つけられなかった」とも書かれていた。

 午前中に、かつて「雑誌山」にご両親が入植されていたというかたのお話しを聞かせていただく機会があった、是非もう一度お伺いして、「雑誌山」の入植時代のお話を聞かせて頂きたいと思っている。


「大師堂」(仏堂とも?)の東側面
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勤王の志士
「中島與一郎殉難の地」
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「水ノ峠 水神」
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柄杓が置かれている
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いつ来ても
 実によく手入れされている
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「中津明神山」まで10km
 「空池」まで5.7kmとある
 是非一度歩いてみたいが
  車をデポしないと往復は無理 
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今日は タンノー タンノー
 秋の好日を大いに堪能できた
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さあて
 秋の日暮れは釣瓶落とし
  ボチボチ往(い)のうかねい
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前方東に
 旧「池川町」の中心街
  画像左上に見える鞍部は
   旧「吾北村」との村の境
   「大峠」(おおとお)になる
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【過去記事】2021年4月


手前眼下に
「ツボイ」が見えている
  帰りは画像右下へ降りて行く
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左から
 旧「池川町」最高峰「筒上山」
  旧「本川村」最高峰「手箱山」
   美しい三角形が秀峰「雨ケ森」
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【過去記事】2016年11月


「雨ケ森」をバックに
  くつろぐ二頭の赤牛は
   親子だったかもしれない
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「ツボイ放牧場」を後にする
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★『水ノ峠(旧池川町)
  【3/3】農道ツボイ線』に続く


Commented by タメやん at 2024-10-30 15:04
水ノ峠にも確かミニ88カ所があったと思うが、もう藪に飲み込まれて分からなくなっているろうのう…。
Commented by ky_kochi at 2024-10-30 19:31
 水ノ峠の広場は、いつ行っても人の手が当てられていますので、ミニ88カ所もきっと、と願っています。

 もうずいぶん昔のことですが、ミニ88カ所もきれいに掃き清められていて、それまでに小生が歩いた県内のどのミニ88カ所よりも整然としていました。
Commented by 絵梨 at 2026-02-08 19:53
突然のコメント失礼します。母の故郷が池川町で、
私が幼い頃は毎年夏休みのほとんどの期間を池川で過ごしていました。毎年必ず水の峠へ行き、水を汲んで持ち帰っていました。母も80歳を過ぎ、実家に帰っていた母の兄も亡くなり、今は誰も住んでいません。高齢の母に代わりお墓参りに行こうと思っていますが、その際にこの水の峠にいきたいと思っています。水の峠へは、まだ行けますか?教えていただけますと幸いです。
Commented by ky_kochi at 2026-02-08 20:45
絵梨さん、コメントありがとうございます。

 偶然です、つい何時間か前に、「水の峠」の話題で盛り上がっていたところでした。

 私が「水の峠」を訪ねてから、すでに一年以上が過ぎてしまいましたので、最新の道路事情がわかりませんが、林道マニアや山仲間から通行止めや通航制限の情報は入っていません。

 仁淀川町のホームページにも、「水の峠」周辺の通行止めや通行制限の情報はないようです。

「水の峠」は、雑誌山や中津明神山への登山道の東登山口でもあり、手前にはアマチュア無線の基地もあることなどから、おそらく通行可能かと思います。

 ただ、林道は突然崩落したり、消失することさえありますので、お出かけ前には仁淀川町池川総合支所(0889-34-2111)に問い合わされた方が無難です。

 今もあるかどうか自信がありませんが、「水の峠」には「ミニ八十八ケ所」がありました、お時間があれば散策してみて下さい。

 今後とも、『茶凡遊山記』ともどもよろしくお願いします。
Commented by 絵梨 at 2026-02-08 21:42
返信ありがとうございます!
幼い頃の記憶では、小さなお地蔵さまが、
たくさんあったことを覚えています。
実家でその写真も残っていますが、
行き方がどうにも忘れてしまっているので、
自信がないですがぜひ行ってみたいと
思っています。
数時間前に水の峠の話で盛り上がっていたとは
驚きですね。情報、ありがとうございました\(^o^)/
Commented by ky_kochi at 2026-02-09 19:10
それです、それです、赤い前掛けをした小さなお地蔵さんが、けっこうまとまって並んでいた記憶があります。

林道終点の駐車場か、お堂の裏から、西の雑誌山か、あるいは東方向の稜線道に並んでいた記憶があります。

訪ねた時には、デジカメやガラケーを携帯していない時だったので、記録が残ってなくて残念です。

ミニ八十八か所にハマっています、訪ねられましたらぜひ情報を御提供下さい、ご安全に!
Commented by 絵梨 at 2026-02-13 16:13
お返事ありがとうございます。
すぐには行けませんが、夏に行けたら
行きたいと思っています😁
たどり着けるか、不安しかありませんが😆
Commented by ky_kochi at 2026-02-13 18:53
「水の峠」まで久し振りに車で行く場合、「こんなに距離があっただろうか?」と思うかもしれません。

 少しだけ頑張って走り続けて下さい、通行止めでなければ辿り着けます、ご安全に!
Commented by 絵梨 at 2026-02-18 23:05
駐車場から30分くらい徒歩で行くとたどり着けるイメージでしたが、合ってますか?アンテナに向かえば行けますかねえ?💦何しろ20年以上ぶりに行くので笑
今でも湧き水が湧いていて欲しいけど、枯れちゃってるかな🥺
Commented by ky_kochi at 2026-02-19 19:56
2014年11月に、「水の峠」から西に、「雑誌山」へ登った時の記事が残っていました。

 当時はスマホのGPSアプリを持っていなくて、歩行ログが残っていませんが、記事を読み返してみると、「雑誌山」から「水の峠」へ下山して来たあたり、おそらくミニ八十八ケ所は、「水の峠」からさほど離れていない場所に、かなりまとまった状態であったように思います。

ブログ『茶凡遊山記』
「雑誌山(仁淀川町)]
  2014年 11月 16日
   https://chabon.exblog.jp/23294842/
Commented by 絵梨 at 2026-02-19 23:16
はい。湧き水からお地蔵様は、すぐ近くにたくさんあったのは覚えています。駐車場から湧き水までが、徒歩で3.40分歩いた記憶があるのですが。たどり着けるか心配です😂
Commented by ky_kochi at 2026-02-20 20:28
土佐弁で言うところの、「ちょっこり」現地を見て来てご報告したい気持ちはヤマヤマなのですが、貧乏暇なしというか、定年退職後のほうが小ぜわしくて、ここのところ遊山が完全に開店休業の体たらくで、遊山記の更新をしないため、ブログ運営会社から利用制限がかかる有様です。

山登りの仲間や、ミニ八十八ケ所マニアの友人に聞いて、情報があったらお知らせしますが、最近のあまりの活動不足に、ある集まりからは除名の予告を受けています、なんとか踏みとどまらなければと思うだけで、今日も一日が終わりました、嗚呼。
Commented by 絵梨 at 2026-02-20 23:10
偶然見つけ、突然のコメントにもかかわらず、
色々教えていただき、本当に
ありがとうございました🙇
愛知県から、何とか夏に行けたら行きます😁
お忙しい中、返信いただきお礼申し上げます。
Commented by ky_kochi at 2026-02-21 15:21
何かの御縁かと思います、学生時代を名古屋で過ごしました。

「水の峠」付近ではあまり聞きませんが、池川町はハメ(マムシ)が多い土地です、夏場の水辺では十分お気を付け下さい、それでは良いご旅行を!
Commented by 絵梨 at 2026-02-26 22:20
学生時代を名古屋で過ごされていたんですね🤗
御縁ですね。すごい。
ハメ、久しぶりに聞いた。と母が笑っていました😊
ありがとうございました。行けたら、また報告に来ますね🤗
Commented by ky_kochi at 2026-02-27 08:30
名古屋市昭和区の、喫茶「マウンテン」を御存知でしょうか、界隈で暮らしていました。

 生まれ故郷の旧「窪川町」、現在の「四万十町」では、「ハメ」派と「ハミ」派が混在していたように思います。

 今は昔、世間を騒がせた「ツチノコ」は、大型の「マムシ」だったのではないかと、寸胴の想像図を見るたびに想像しています。

 独特のフォルムと、朽ち果てた麦藁帽子というか、昔あった蚊取り線香みたいな薬缶敷のようなカラーリング、造化の神がなぜあのような生き物を、この美しい地球にお造りたもうたのか、不思議です。
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by ky_kochi | 2024-10-13 13:32 | リトルカブ | Comments(16)