高天ヶ原山(高知市)【1/3】高天原稲荷神社
2024年 03月 03日
































①https://maps.gsi.go.jp/#17/33.571347/133.605367/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
https://yamap.com/activities/10536834
ここから登る人も多く、鉄塔の少し南東の稜線直下だったかに、稜線を抜けるトンネル?の戦跡がある。
②https://maps.gsi.go.jp/#17/33.568252/133.608944/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
ここから登った投稿は見た事無いが、今昔マップでは登れるらしい。
今昔マップでは②の東にも点線があるが、参道に取り込まれたようだ。
https://yamap.com/activities/1818361
③https://maps.gsi.go.jp/#17/33.569892/133.613573/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
これも投稿は見た事が無いが、大分前にすぐ上のピークを通った時は、この道を下りては行かなかったが明確な道があったと思う。
④https://maps.gsi.go.jp/#17/33.569334/133.615575/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
春野公麻呂氏のグログか本を見て登ったが、分岐が多かった気がする。
投稿は見た事が無いが、作業道終点の小屋・墓までは去年も行ったが、稜線道はどうだったかは記憶にない。
⑥https://www.google.co.jp/maps/@33.5658699,133.61405,3a,64.7y,336.89h,94.05t/data=!3m6!1e1!3m4!1s7ulzu6HVz3op0jY2ZgPfrA!2e0!7i16384!8i8192?entry=ttu
⑤に行く時に見つけ登らなかったが、登った方がいた。
https://yamap.com/activities/29809917
グーグルマップの航空写真を観ると今昔マップの西の峯への横道が、開拓中の墓地のすぐ上らしい。
⑥https://maps.gsi.go.jp/#17/33.568333/133.606755/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
今昔マップでは⑥のすぐ南にも点線があるが、団地の法面で消失したと思われる。
また⑥のすぐ西の道(鉄塔巡視道?)に合流していると思われるが、投稿は見た事が無い。
⑦https://maps.gsi.go.jp/#17/33.568982/133.604766/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
グーグルマップの航空写真では鉄塔に行けそうだが、不明。
⑧https://maps.gsi.go.jp/#17/33.569869/133.603505/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
地理院地図の航空写真では登れそうだが、不明。
どなたかの記事で、「高天ヶ原山」の山頂は、南に眺望が開けていると読んだように思い、「西ノ峯」から登頂したので、山頂から東麓の「東ノ峯」へと歩を進めてみましたが、どうも様子が違うのですぐに諦めて帰って来ました。
⑥の登山口、そそられました、YAMAPの「久し振りの介良三山」の活動記録によると、山頂への途中に「小富士山」方向への眺望があるようで、どうもこのかたの記事を読んだ時に、山頂の眺望と早合点したものと思います。
南麓の南国バイパスから登山道は、他にもどなたかの記事で見ていましたが、西麓の「舟戸」からのコースは初めて知りました。
そういえば、「西ノ峯」から西麓には、昔からの踏み跡の気配を感じました。
しかし、こんなに沢山のコースがあるとなると、小生がずっと「高天ヶ原山」に抱いて来た、「関係者以外立入禁止」や「入山には神社の許可が必要」というイメージは、やや薄れてきたように感じています。
今回、神職さんにお聞きしたところでは、神社以外にも地権者のかたがいるとのことで、普段登る山にもたくさんの山主さんがいることと思いますが、山主さんたちはどなたも、広い心で私有地内を歩くことを認めてくれているのだとあらためて思いました。
⑨https://www.google.co.jp/maps/@33.5656596,133.6087134,3a,45.9y,48.46h,87.81t/data=!3m6!1e1!3m4!1sZZ6X7vZ93a1VQbunat4-DQ!2e0!7i16384!8i8192?entry=ttu
3年位前に行ったが、入り口にチェーンがあったかもしれない。
航空写真で観る様に、等高線の幅が広い奈路い所に小屋等があり整備されている。
そこから尾根沿いに登れそうな気がしたが、不明。
GoogleMapの航空写真を見ていたら、「高間原古墳群」とあり、何も思わず現地にあった高知市教育委員会が建てた案内板にあった通り「高間原」と記事に書きましたが、昨日オーテピアへ行って『高知観光ガイドブック2』(土佐観光ガイドボランティア協会/編著)を見ていたら、
"高天ヶ原山は大津分を「高天ケ原」、介良分を「高間原」と表記する"
と、平凡社『高知県の地名』の記述が紹介されていました。
https://www.google.co.jp/maps/place/%E9%AB%98%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E9%AB%98%E7%9F%A5%E5%B8%82%E4%BB%8B%E8%89%AF/@33.5678004,133.6090661,17.5z/data=!4m6!3m5!1s0x354e1ced5ebc2817:0x8532f2a96394a3d4!8m2!3d33.5539308!4d133.6039301!16s%2Fg%2F11d_ps_bcl?entry=ttu
大津に分がありそうだが…。
「南嶺」も「いかにも、一般大衆が喜びそうな登山道ですね、こりゃあ。」(レオナルド熊のサントリービール「生樽」のCM調で)
https://www.youtube.com/watch?v=Zxw_pm9iFo0
以外にも多数墓道等小径があるが、調査が追いつかない…。
『介良のことども』という本もありはしなかったかと検索したら、『三里のことども』でした。
以前教えていただいた「南嶺」の膨大な里道の歩行記録、太平洋戦争の頃だったらきっと軍事機密で当局に接収される内容で「いかにも、陸軍が喜びそうな地図ですね、こりゃあ。」だったことを思い出しました。
⑩https://maps.gsi.go.jp/#18/33.569291/133.609328/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
畑の先の馬鹿尾根から登れそうだが、不明。
当日も、「西ノ峯」へは、「東ノ峯」へよりも、里道が麓から続いていそうな気配を強く感じました。





































































