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茶凡遊山記

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星ガ窪(1/2)【往路】(旧仁淀村)

 隕石が落ちた跡と言われる「星の池」が中央にあり、キャンプ場としても利用されている「星ガ窪」は、昭和34年まで草競馬のコースがあり、1万人もの観客で賑わっていたという。

 旧仁淀村には、この「星ガ窪」の他にもう一つ草競馬場跡があり、それは何とあの桃源郷「上久喜の花桃」の上部、「松尾」集落にあるという。

 そして「松尾」集落の背後「明神山」には、旧仁淀村の礎を築いた別府経基の居城「別府山城」が建っていたという、行っておかねば、見ておかねば。

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国道33号線を北上
「旧池川町大崎」で「仁淀川」対岸へ

この日は「大蕨~松尾」間が通行止め
花桃の桃源郷「上久喜」を経由できず残念

高知県最古の沈下橋「久喜橋」を渡り
国道33号線へ戻る
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国道33号線から酷道439号線に入る
左上が「松尾」集落になる

「仁淀中学校」まで南下し左折
「松尾」集落へと高度を上げて行く
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「旧池川町大崎」で「上久喜」方面へ分岐
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「上久喜の花桃」はこちらのリンクをどうぞ

吊橋を渡り突き当りを右折
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「松尾」手前で山手崩落し復旧未定とある
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高知県最古の沈下橋「久喜橋」
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風雪ならぬ落石に耐えて来た傷跡
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右下に見える道路を手前下に引き返す
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「久喜橋」が見えて来た
左上が国道33号線
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独特のフォルムの橋脚
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振り返り見る「久喜橋」
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これまた独特の地表
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国鉄バスで松山へ出張していた若い頃
車窓から良く見た銀杏の木
やや樹勢に翳りが・・
無理もないあれから三十年
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この赤鉄橋は対岸に渡れるだけで
「旧仁淀村」方面へは行けないが
ついつい渡ってしまいやすい
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「旧仁淀村」は1.9km先を左折とある
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ここで「旧仁淀村」方面へと分岐
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棚田のイベント広告がある
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「森」地区は「旧仁淀村」の中心地
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「大森沈下橋」(手前下流側)と「大森橋」
対岸の国道33号線からの眺めは
記憶に残っているかたも多いはず
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茶業試験場の茶畑には
お茶の木で「茶業試験場」の
文字が書かれる
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これから向かう「長者川」沿いの遠望
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酷道439号線を南下する
左手山上の鞍部が「松尾」集落
その右が「明神山」(610m)
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「仁淀川中学」を右に見て左折
「長者川」を渡る
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突き当りの「五所神社」の右へ進む
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「松尾~大蕨」集落間が崩壊とある
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渋い道標に従い
「中宮・谷山」方向へ
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右の朽ち木もまた道標
「宮首」と書かれているはず
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ほんの道端に立派な滝
増水時にだけ出現する滝か?
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「谷山大師堂」に到着
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これは見てみたい
「佐婆為神社」の「一本木の火回し」

「谷山大師堂」で右折南進しても
酷道439号線に降り着くらしい
1/25000地図にはなかったが・・
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「谷山大師堂」背後の三差路
覚えておこう!
「谷山」から登って来て
左が「松尾」で右が「木半夏」
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「松尾」バス停に到着
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「長者」地区の方向を見ると
遠景の稜線が「風の里公園」で
とても見ずらいが
20基の風車が並んでいる
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アンテナが林立している
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「松尾」集落の眼下は「森」地区
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ここに草競馬場があったというが
ここまではかなりの距離と高度
昔の人は偉いとしか言いようがない

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数軒の民家があったが
お住いの様子はなかった
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目指す「明神山」の登山口は石灯篭
「宇賀神社」前の山道を
四国電力の鉄塔標識に従って進むとある
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燈明台部分が鉄枠で造作されている
四国電力の鉄塔も見えて来た
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すぐに「宇賀神社」の鳥居に来たが
境内にあったという草競馬場跡が見つからぬ
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ひとたび案内板の所まで戻ると
草競馬場跡はこの右上にあるらしい
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千手観音堂の前がホームストレッチなら
さしずめ第2コーナーあたり
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ホームストレッチが東へ延びる
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お見事!
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「千手観音堂」は霊験あらたか
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馬場の中央に記念碑
「大正六年春」と刻まれている
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ホームストレッチから第1コーナーへ
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第1コーナーの西北(画像やや左)に
「中津明神山」(1541m)

周辺で「明神山」のことを聞くと
現地の人も先ずアメダスのある
「中津明神山」を教えてくれる
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鉄塔の左が「明神山」だが
「星ガ窪」と「風の里公園」への
残り時間が逼迫してきたため
本日の登頂は断念
場所は心得たのでまた来よう!
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「佐婆為神社」まで降りてきた
ここからさっき登って来た道を
酷道439号線に下らずとも
道なりに直進南下したら
「木半夏」集落を経由して
「長者」地区まで抜けられそう
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そそられる林道がそこかしこに
右下へは「普通林道中宮線」が分岐
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「木半夏」集落を通過する
「木半夏」(モクハンゲ)とは
「ナツグミ」とある
してみれば橋名の
「しゃせぶはし」の「しゃせぶ」とは
子供の頃に「グイミ」と呼んでいた
赤い木の実と同じであろうか?
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「木半夏」の実が多く生る土地らしい
そういえば当時の周囲のお年寄りは
「グイミ」とは言わずに単に「ぐみ」
あるいは「しゃせぶ」と言っていたような・・
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眼下に酷道439号線と
「長者」地区が見えて来る
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「上久喜の花桃」のシーズンには
帰路は狭道離合による渋滞を避けるため
この道への迂回をお願いしているらしい
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「長者」地区へ酷道439号線から左折分岐
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「星ガ窪」への最初の道案内
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人造物さえ美しい水の流れ
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「長者」地区は棚田でできている
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「だんだんの里」の「だんだん」は
「段々」の「だんだん」
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出雲地方の方言の
「だんだん」(ありがとう)と
かけているのかも
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「長者の大銀杏」
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この県道18号線に入りがちだが
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県道18号線に合流したら一旦は西に直進
1つ先の分岐で左上へと登り
白い建物の先で左に大きくUカーブ
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随所に道案内あり
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今年は柿のなり年のもよう
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日本の原風景「稲木」
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かなり高くなって来た
はるか北に「石鎚連峰」
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広い三差路では右上へ
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「鳥形山」が見えて来た
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ゴー・ツー・ストレート
ノット・レフトターン
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越知町の「町道下ノ谷堂林線」
「下の谷~堂林」間が通行止めのため
迂回路としても利用されている
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「普通林道星ガ窪」線の起点
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山上に出現する広大な広場に到着
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大昔に隕石が落ちた窪みという伝承あり
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園内はとても良く手入れされている
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「星ガ窪」からの北の遠望
右奥のドームが「筒上山」で
そこから右に「手箱山」への稜線
ほぼ中央の最奥部に「石鎚山」
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「星ガ窪」からの南の遠望
稜線に「風の里公園」の20基の風車
帰りはあの稜線を東西に縦断する
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「銀号」のエンジンを冷ます
世界のホンダ・スーパーカブも
エンジンが焼き付いたらアウト!
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言われてみれば
巨大な隕石が斜めに落下激突し
地上に楕円形の窪みを付けたと
想像がつく
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「星の池」湖畔の「星の家」
「だれでも使えます」とある
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隕石が先ず着地した地点か?
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ここ「星ガ窪」も草競馬場跡
さしずめホームストレッチ
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第4コーナー(東)あたりから
「田代」集落への林道がある
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第3コーナーから西を見る
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バックストレッチ
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「星の池」
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第2コーナーから東を見る
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東屋も整備されている
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「朝露の丘」からの眺め
たしかに競馬場の形をしている
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さて段々と陽が西に傾いて来た
「風の里公園」へ急ごう!
日が暮れる
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ここから見るとさほど
痛々しくない「鳥形山」
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 昭和30年頃、「星ガ窪」の草競馬は大人気で、出場場も100頭、当時西日本一の規模を誇ったとのこと。山上に忽然と現れる広大な馬場には、周辺の村々から1万人の老若男女が集ったという。

 明治32年に造られた草競馬場では、同年旧暦3月10日に草競馬が盛大に行われて以降、毎年旧暦の3月10日と10月10日の年2回草競馬が催されていたとの記録がある。

 昭和60年代のアウトドア・ブームの頃、多くのガイドブックで目にしていた「星ガ窪」であった。何と30年を経て初めて来てみたが、類似の名所の多くが最近疲弊荒廃している中にあって、この地には実に凛とした雰囲気が漂っていた。




by ky_kochi | 2017-10-26 12:00 | リトルカブ | Trackback | Comments(0)
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