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茶凡遊山記

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豊楽寺(大豊町)

 大豊町の大田口に、四国最古といわれる建造物がある。聖武天皇の勅命を受け、名僧行基が724(神亀元)年に開山したと伝えられる、日本三大薬師の1つ、豊楽寺の柴折薬師である。

 薬師本願経説の中、「資求豊足身心安楽」の「豊」と「楽」をとって豊楽寺と書き、「ぶらくじ」と読む。単層入母屋造りの杮(こけら)葺きの薬師堂は、四国の法隆寺と言われている。

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奥大田渓谷(地図上部)からの帰り道
突き当りの三差路を東へ左折
国道32号線から100mほど上の
山肌に建っている
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「吉野川橋」を渡ると
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霊峰「梶ケ森」が見えてくる
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大田口交番の先で旧国道に入ると
すぐに「国宝薬師堂」の道案内
幹線林道「下名大田口線」へと進む
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左折し「奥大田三谷線」へ入ると
「奥大田渓谷」や「黒滝山」
「豊楽寺」へはこの三差路を直進する
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徐々に高度を上げていく
遙か眼下に「四国三郎吉野川」
豊楽寺のある場所は
この高さよりまだ高い
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嶺北地方でよくみかける光景
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瑠璃光殿の美しい庭の前には
広大な駐車場が完備
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広い境内には見所満載
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本堂前の広場
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見事な杮葺き
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吉野川から2年かけて
引き上げてきたという手水石
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シブいマツカサ
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鐘楼もシブい
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苔むした鐘突き棒
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「星神社」
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「若一王子宮」
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 鳥居の手前で、睨みを利かす大小2組の狛犬。狛犬にも、「阿(あ)」と「吽(うん)」がある。「阿」はサンスクリット語の最初の音で、「吽」は最後の音。「阿吽」とは、始めから終わりまで、つまり「すべて」を表す。

 学生時代に、「アルファでありオメガである」、との一文を読んだが、なるほど「阿吽」のギリシャ語版であったのか、いつもながら気付きが遅い。

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かたや「阿」
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こなた「吽」
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輪切りの檜に故事来歴
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出雲大社に似ている
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椿と・・ええと
そちらの色白さんは
どちらさんかな?
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年中咲いている気がする紫陽花
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平成23年には苔むした切り株だったが
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見事な天然の盆栽になっている
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 高知自動車道を走っていると、高知市や瀬戸内は晴れていても、四国山地の真っただ中の大豊町は雨が降ったり曇っていたりすることが多い。

 高校のお別れ遠足で「梶ケ森」へ登った時も、登山口では曇天であった。登山道脇の畑にいた御夫人にその日の天気をたずねると、「兄(にい)やんよ、この辺りでは朝曇りには坊主が泣くといいますぞね」とのご託宣。頂上に着く頃にははたしてその通りとなり、帽子を持ってなくてタオルを被ったことであった。

 境内で竹箒を振っていた別の御婦人からは、「ここな辺りは降るか吹くかのどっちかですけに」と教わった。そのせいもあろう、大豊町の古刹には紫陽花が良く似合う。梅雨の大豊町へも是非お出かけ下さい、紅葉シーズンとは一味違った趣があります。



by ky_kochi | 2015-11-15 14:00 | 登山 | Trackback | Comments(0)
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