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茶凡遊山記

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朽木峠(「龍馬脱藩の道」)

 高知県で「朽木峠」と言えば、「旧松山街道」の天界集落にある「朽木峠(くちきのとう)」と、「龍馬脱藩の道」にある「朽木峠(くちきとうげ)」の2つが知られている。

 空が青く高くなった秋の好日、「林道小奥川の内線」の下見と山歩きとを兼ね、佐川町と津野町の町境に「朽木峠」を訪ねてみた。

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本棚に埋もれていたリーフレットに
平成14年1月のスタンプ
何と10年以上も前になる
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「龍馬の生まれたまち記念館」前で
機長1人だけのブリーフィング
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「才谷屋」には寄らねばなるまい

「才谷屋」は豪商であった坂本家本家の屋号で、現在「COFFEE HOUSE さいたにや」がある周辺に店があった。

 この「才谷」は、高知自動車道の南国ICの近く、パシフィックゴルフクラブの北東、坂本家先祖の出身地「南国市才谷」の地名に由来している。

 ただ、全国の龍馬ファンが集う喫茶店「さいたにや」は、店主高齢のため現在は不定休らしい。

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「和霊神社」へも寄らねばなるまい

「吉野へ桜を見に行く」、家族にそう言い残して家を出た龍馬が、文久2(1862)年3月24日、脱藩前に立ち寄ったという和霊神社へ寄ってみた。

 この和霊神社は、「才谷屋」三代目、坂本直益が伊予宇和島から勧請して、「才谷屋」の守護神とした神社で、現在の高知市神田(こうだ)、鷲羽山(わしゅうやま)への登山道の一つ、「吉野道」の途中にある。

 まだ朝日が当たらないこともあり、鳥居の先、神社へと続く参道は薄暗い。



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鬱蒼とした杉林の中に
ただならぬ気配の和霊神社
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松山へと続く国道33号線を西進
日高村で県道291号線へと左折

この地に伝わる忍者「茂平」の
逸話が数多く残る「猿田石灰洞」
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現在は入洞できるらしい

出口まで40分
洞内照明設備なし
「■引き返すならここ」とまである

親切ナル事コノ上ナシ
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「谷地」と書いて「やつじ」と読む

「谷地」のT字路で
県道53号線へと右折
佐川町を目指す

佐川町周辺は秋桜の名所
白の秋桜もなかなかグッド
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 かつて県道の北にあったという「法華寺(谷地徐紋院)」は、七堂伽藍が聳え、脇寺6か寺を従える大寺で、その佇まいは「高野山」に似ていたという。

 明治の廃仏毀釈により廃寺となり、観音堂、御影堂、仁王門が残るのみであるが、県道南の仁王門には、それは見事な「木造金剛力士像」二体が残されている。


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山門内部もなかなかの造り
頭上から睨みを利かす
木彫りの狛犬もまた立派
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「谷地山」と書かれた額には
金箔が施されていたという
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「木造金剛力士像」

まずは阿像
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続いて吽像
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自由に引き戸を開けて見学してよいが
木像は外気に触れると傷むため
拝観後は直ちに閉める事とある
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山門から南を振り返ると
「影向(ようごう)の大杉」

影向とは
この世に仮りの姿となって現れる
神仏のこと
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見事な根続きと根上り
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聳え立つ3本の巨杉
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「谷地のお地蔵さんは何と強(えら)い」と、昔から語り継がれる「穴地蔵様」(正式には「岩屋地蔵」)は、仁王門から「大坊橋」を南に渡った山裾にある。

 かの弘法大師も修行したと伝えられる岩屋では、その名も「性空上人」が修行を重ね、この地に「法華寺(廃寺)」を建てたという。

 およそ穴という穴の病に霊験あらたかといわれ、薄暗い岩窟には、快癒のお礼に奉納されるという穴の開いた石がずらりと並ぶ。

 場所が場所の病いだけに、その鬼気迫る迫力にすっかり気押されてしまい、撮影する気など毛頭起こらない。


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台地状の高台にある「谷地」から
佐川盆地へと滑り降りる

土地ごとに風情が異なるイナグロ
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どこか懐かしい橋の風景
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佐川盆地は実りの秋
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「龍馬脱藩の道」は「四国のみち」の一部
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 三叉路の花壇の先で東を振り返ると、佐川町永野へと真っ直ぐな道が続いている。

 ご記憶のある方もあろう、国鉄時代に斗賀野駅から分岐東伸していた「土佐石灰工業」へと続く鉱石運搬鉄道跡が、現在でもこの道の側道として残っている。終点「山の駅」には、実にシュールなホッパー(貯留構)があったが、残念ながら現在は撤去されている。

 石灰石はここから貨物列車に積み込まれ、須崎市の多ノ郷駅を経由し、さらにその先にゆるやかにカーブを描く引込線を走って須崎港まで運ばれていた。そういえば、途中の国道33号線、仁淀川鉄橋を渡ったところにあるJR波川駅の先にも引込線があったが、しばらくご無沙汰している。

 南国市の黒滝から土佐山田まで、マンガン鉱石を運んでいた「石原満俺鉄道」など、廃線鉄道の探索にハマっていた時期もあった。何をやってもすぐに飽きて長続きしない、子供の頃からの悪癖は大人になっても一向に直らない。


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「佐川町斗賀野(とがの)」へと続く道
山頂にアンテナが立つ「蟠蛇森」の
右に3つ目の鞍部が「朽木峠」
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「JR斗賀野駅」から見上げる
「蟠蛇森(ばんだがもり)」の山容

それにしても
「蛇が蟠(わだかま)る森」とは
想像しただけでもオトロしい
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国道494号線に合流し
「畜産試験場」の牧場や
通称「タコ公園」を右に見ながら
須崎市へと登り進む

峠の「斗賀野トンネル」を抜け
最初の三叉路で
「川の内」へと右に大きく切り返す
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すぐに「朽木峠」への分岐点に着く

直進すると旧道を通って
「斗賀野」へと下るのだが
画像中央の周辺案内図が
外枠だけになっている
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近寄ってみると
周辺案内図がズリこけて
足元にはゴミまで投棄されている
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案内図は残念なことになっていて
危うく「朽木峠」へ行き損なう
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この分岐では
左手擁壁の道標が頼り

道中唯一の要注意地点
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「蟠蛇森」にはまだほど遠い
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案内板の前で舗装が切れる
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なんとこの案内板の絵や文字は
ガラスと木板とのそれぞれに
微妙にズラして書かれている

本来ここからは
少し手前の古道に入り
歩くのが正道だが
「林道小奥川の内線」の下見も
「今日のめあて」の一つ
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そのまま「林道小奥川の内線」へ進入
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数分ほどで古道の入口に到着
振り返り見る「蟠蛇森」
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「蟠蛇森へ朽木峠経由2.1km」とある
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ミニ八十八か所巡りの
第48番と第49番の案内図
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これならまだカブでも走れそう
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さすがはかつての往還道
風格が漂っている
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少し足元がゴツゴツしてきた
さすがにカブには可哀想
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龍馬ファンの懸想文か?
残念ながら
文字が読めなくなっている
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「朽木峠」の広場に到着
手作りのベンチが整備
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「関所」とあるが実在したかどうか?
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「あの東京(634m)と」?
深く読まずに展望台へ
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こちらは「朽木峠」の佐川町側
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向こう側の津野町へ下ると
国道197号線
名付け親は司馬遼太郎翁?
「檮原街道」へと繋がる
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「葉山藩」とあるが実在したかどうか?
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ハチはまだしも
ハメ(マムシ)はいかんっ
とにかくヘビはいかんっ
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いざ展望台へ
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「なかなか良(え)いですやいか」
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♪物事は面白可笑しゅう楽しゅうに♪

「もし80kgの人が3人上がったら?」
理繰(りぐ)りゆうがは誰ですぞ?
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踏み抜けば落ちるとはいえ
たとえわずかの高さでも
下が見える見えんは大違い
この古トタンがあるだけで
恐怖心は限りなくゼロになる
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展望台より西を遠望する

「そんな所(く)から覗きよらんと
早(はよ)うこっちへ来てみてん」

先日敵前逃亡した「鶴松森」が
ひ弱ザルに手招きをしている
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「風の里」の風車のタッチもお見事
画伯はもしや町展の無鑑査か?
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原発事故が起きる前の
風力発電に寄せる熱い思い
その先見の明に脱帽
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前後に並び立つ
「不入山(いらずやま)」と
「鶴松森(かくしょうもり)」
ともに大河「四万十」の源流域
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美人はどこで見ても
いつ見ても美人だが
いつどこから見ても痛々しい
鳥形山が右奥に
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たしかに200kgではもたんろう
ななじゅうウンkgでも軋みよる
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簡易トイレもありますぞね
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「操縦席よりご案内申し上げます
只今当機は「クチキ峠」付近を
高度540m海抜約1800フィート
対地飛行速度0km/hにて
順調に水平飛行をいたしております」

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「朽木峠(534m)」から
「蟠蛇森(769m)」まで1.5km
標高差にして235m

林道の看板に2.1kmとあったので
林道からこの峠までは0.6kmとなる
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火を焚いたような跡がある
毎年開催されるイベントで
大鍋で芋煮会をしたらさぞ
美味し、かろかっくいいけれ 
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よく見ると
「東京スカイツリーの634m」と
「ぼっちり100mちがう」とある
この世話人さんは実にユニーク
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一人でいるのにとても良い場所だが
そろそろ下山せねば
後の用事に支(つか)えが出る
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せっかく「爽健美茶」にしても
こんな甘い物を食べたら無益ッ
そもそも
50を過ぎたオンちゃんの
食べるもんじゃない
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「オマさんは妙に直(す)ぐうにないねえ」
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「それほど捻じくれいじゃち」
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「周りをよう見てみなさいや
皆んなあ直ぐいに
それほど歪(いが)んじゅうがは
オマさんばあぜ」
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「この木はもうびっと衝いたら
倒(か)やりゃあせんか?」
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「存外太い木じゃに
これでよう立てっちゅうこと」
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「オマさんは岩かの?木かの?」
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「なかなか良(え)いぞお」
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「蟠蛇森」が次第に高く小さくなる
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「脱藩の道」は林道を跨いで
杉林の中を麓へと下って行く
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「小奥」といえば
佐川町の奥座敷
「長谷渓谷」へ行った時に
見覚えがある地名

ここでも「点が線」に繋がった
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「こらっ、敷くぞっ」

ではなく

「すみません、口が過ぎました
あの、その、もし構(か)まんかったら
そこを除(の)いてくれませんろうか?」
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以前なら迷わず右に駆け上がったが
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最近からきし意気地なし
ナイスなヘアピンにまっしぐら
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来た時には気付かなかった大岩
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擁壁にあるミニ八十八か所札所
工事前からここにあったらしい
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左奥「虚空蔵山(こくぞうさん)」の手前に
ずっと気になっている「勝森」
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ここもまた
来た時には全く気付かなかった

道沿いにあった「佐川龍馬神社」
広場の奥に小さな社がある
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社の内部はこんな按配
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「勝森」は「須崎鉱発」の管理地
関係者以外通行禁止、残念
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旧道を佐川盆地へと一気に下る
ガソリンが少ないので
エンジンを切り
久々のサイクリング気分に浸る

「蟠蛇森」が空高くに見えている
「朽木峠」は右の鞍部
あんな所にいたなんて
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「龍馬脱藩の道」は
「花畑踏切」を渡る
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画像中央が「谷地」のT字路

復路は右下「佐川」から
中央「谷地」を経て
左上「土佐市」で国道56号線に合流する
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「もし姐(ねえ)さんよ」
「アイ」
「高知へはどっちですろう?」
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「ヤアお城下へはあっちと聞いちょります」
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今朝は左から手前へ右折した
「谷地」のT字路に戻り着く

帰りは「日高」(国道33号線)ではなく
「土佐市」(国道56号線)へと直進
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この地の名産「土佐文旦(ブンタン)」
文旦畑の遙か下に
土佐市が見え隠れし始める
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土佐市甲原(かんばら)で
国道56号線に合流
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『土佐の峠風土記』(山崎清憲著)で紹介されている峠の大半は、忘り去られ廃れつつある古道の峠であるが、数えてみると紹介されている57の峠のうち、知らぬ間に28の峠に立っていた。それらはめがけて行った峠ではなく、山登り、林道巡り、廃線巡りの際の偶然の足跡であるが、その中に県内に同じ漢字で書く峠があることをあらためて思い出し、今回の遊山となった次第。

「朽木」という地名は県内にもいくつかあり、「くちき」や「くつき」と読み方も様々だが、2つの峠もそれぞれ呼び方が違い、旧松山街道「朽木峠」の方は、「くちきのとう」と発音する。

 県内で、「峠」を「とう」と呼ぶのは、「鈴ケ峠(すずがとう)」「水の峠(みずのとう)」「大峠(おおとう)」「樫ケ峠(かしがとう)」等、とまれ枚挙にいとまないが、「とう」よりは「とお」の響きに愛着を感じている。

 一つ峠に忘れ物をしてきたのが「馬頭観音」を見ることで、どうやらそれは津野町側に鎮座していたらしい。馬頭観音の謂れは諸説紛々、かくなる上は今度は津野町の側から登る必要がありそうである。


by ky_kochi | 2015-10-04 12:00 | 登山 | Trackback | Comments(2)
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Commented by タメやん at 2015-10-07 22:08 x
>案内板の前で舗装が切れる

5年位前かな、ここら辺が大崩落をおこしていたが、直ったか。

小奥への林道も利用者があるタメか、荒れていない様に見える。
Commented by ky_kochi at 2015-10-07 23:17
タメやんさん、こんばんは。

そういえば、道路のコンクリート擁壁が眩しい白さでした。また、帰路に再び案内板前に差しかかった時に見ると、この辺りの道路は地面を削ったものではなく、橋状の構造でした。

ほんのさわり部分しか試走していませんが、「林道小奥川のuchi線」は良好で、通行止めや通行規制の看板はありませんでした。
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