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茶凡遊山記

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林道松床楮佐古線(香美市)~恋の峠道~

 先日、大月町柏島をアップしながら、この最果ての地「柏島」は、よさこい節に唄われた「純信とお馬」の悲恋悲話のもう一つの舞台であったことを思い出した。

 今から160年も前の安政2年(1855年)、「純信とお馬」が手に手を取って、はるか京都を目指した駆け落ちの道は、現在は立派な舗装林道になっていて、二人も越えた峠には記念碑が建てられている。


( 画像は平成23年当時のものにつき、お出かけの際は最新の道路状況等をお確かめ下さい。)

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日本3大がっかり名所
「はりまや橋」

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♪ 土佐の高知の播磨屋橋で
坊さんカンザシ買うを見た ♪

の坊さんは
実は「純信」ではなく
柏島出身の若い学僧「慶全」であった

毎日のように実家の手伝いで
竹林寺脇坊「南ノ坊」へ通ううち
先ず最初に
「お馬」とわりない仲になったのは
住職であった純信ではなく
学僧であった慶全であったが・・

いつしか年配の住職「純信」と
深い仲になっていく「お馬」の心を
つなぎとめようと焦った「慶全」は
はりまや橋の小間物屋「橘屋」で
カンザシを買ったという


車道の欄干に埋め込まれたカンザシ
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悲恋の舞台「五台山竹林寺」へは
市内観光周遊バスも運行中
運行状況の表示方法が
アナログで懐かしい
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五台山展望台から見る高知市街の眺め
ここはかつてのロープウェイ山頂駅
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さすがは人気の恋愛スポット
相合傘の書かれた鍵だらけ
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竹林寺の五重塔
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牧野植物園の庭園から
東山麓へと続く東参道は
竹林寺へ出入りしていた
鋳掛屋の娘「お馬」の恋の道
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現在はほとんど利用されていないが
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途中からへんろ路に合流する
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アブラゼミのお立ち寄り
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麓の「お馬」生家跡に残る井戸
法事帰りの夜道
田圃に落ちた「慶全」が
たまたま駆け込んだ家で
「お馬」にこの井戸の水で
袈裟を洗ってもらったのが
そもそもの始まりらしい
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再び五台山の北側へと登る
道端の鳥も悠然としたもので
逃げも隠れもしない
キジにも会ったが
全く人間に動じない
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「純信とお馬」が逢瀬を重ねた
逢い引きの岩
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二人はこの岩に並んで腰掛け
はるかに見える北山を越えて
駆け落ちする決意を固める
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もしやお二人は?
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それではいよいよ
「純信とお馬」の恋の峠道を目指し
国道195号線を高知徳島の県境方向へ

前日までの台風の大雨で
杉田(すいた)ダムは満水
あまりの水勢に怖気づき
とてもダムの堰堤を走る気にならず
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普段は川原の猪野々集落の下流も
この日は相当な水量
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新神賀橋には「轟の滝」のモチーフ
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物部川上流は滝の宝庫
橋のドン突きをライトターン
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「轟の滝」への分岐はそのまま直進
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さらに上流の永瀬ダムを目指す
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林道松床楮佐古線は全線舗装
未舗装の林道ばかり走らされる
相棒「銀号」にとって
これは高速道路に近い
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ほどなく峠に到着
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道ならぬ道に足を踏み入れた二人も
これから越える「笹越え」の山並みを
この峠から眺めたはず
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峠に建つ記念碑
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奥物部は見どころ満載
滝、山、林道・・
手作りマップはメモだらけ
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林道のいたるところに
落木や落石の跡が散在
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楮佐古集落入口にシブい常夜燈
天辺には鷹が鎮座
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台座のクサビには
退役したツルハシ2本
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道標にある「神池」をはじめ
「日ノ御子」「神賀」「韮生」・・
いざなぎの里として知られる
物部川の流域には
神がかった地名が多い
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大栃で再び国道195号線に戻る
山好きにはたまらない地名が
満載された道案内
今はなき伝説の「笹温泉」を目指す
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物部川上流にかかる橋は
総じて高い
工事中のガードレール替りに
ワイヤーにぶら提げた空き缶
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仲良き事は美しき哉
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必ず守りますとも
「橋の上一車」
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シースルーの足元から覗く
川面までは相当に高い
ここは長居する所には非ず
三十六計逃げるが勝ち
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ここで「笹」方面へと分岐
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看板もかなり疲れている
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古木の板に穴を空けた「笹」の文字
矢印にも見える竹カンムリがグッド
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「笹の番所」跡に到着

僧侶と若い娘の二人連れという
ただならぬ雰囲気に
すべてを察した番所の庄屋さん
静かに二人に諭して曰く

「この番所の裏手に阿波への抜け道があるが
二人は決してその道を越えてはならぬ」

暗に裏道の存在を教えるというはからい
いつの世にも粋な御仁がおわしまする
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二人が阿波へと越えた抜け道からは
外れるけれど
ここまで来たら
アリラン峠へも道草せねば・・
マニアにはかなり知られた道案内には
道は本当につながっているのかと疑う
地名がずらりと並ぶ
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この林道も峠までは全線舗装
徐々に高度を上げてゆく
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やがて矢筈峠(アリラン峠)に到着
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三嶺の山系では
すっかりお馴染みとなった警告板
この筆致に見覚えのある方も多いのでは
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この峠には
かつて大陸から強制連行された
人々の哀話が残っている
この先さらに徳島県の祖谷渓谷へと
走り抜けたい気持ちヤマヤマなれど
あいにく本日は時間切れ
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登ってきた道を引き返す途中
これまでガイドブックで見るだけだった
「笹の普賢堂」に初参拝
この山奥にありながら
その荘厳さはお見事
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行きには気付かなかった
ナイスな風景
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日本の滝百選「轟の滝」を
素通りしたとあっては
道草党としていささかの名折れ
ここは一つ寄っておかねば
この日は水量豊かで迫力満点
滝見物は大雨後の晴天がベスト
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永瀬ダムの大きさなら
よもやカブ1台の通行で
決壊することもなかろうと
堰堤を対岸へと恐る恐る走行
初めて見る大放水の眺め
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さてさて
手に手を取って
何とか讃岐の金毘羅さん
その名も「高知屋」という
旅館まで辿りついた二人であったが・・

御法度の関所破りを犯した罪で
土佐藩から追いかけてきた追手に
たちまち捕り押えられ
哀れ二人は土佐へと送還

土佐へ戻った二人は
4か月の入牢のあと
市中にある三か所の番所で
面縛晒し者にされたという


松ケ鼻番所跡(高知市九反田周辺)
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山田橋番所跡(高知市高知橋東)
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思案橋番所跡(高知市玉水町周辺)
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その後「純信」は
伊予との国境で追放され
現在の愛媛県川之江市へ

そして「お馬」は
最初は高知県東部
安芸川以東へと追放
四国霊場第27番札所「神峰寺」の
登り口にあった旅館「坂本屋」で
仲居として真面目に働いていたが・・

「お馬」のことを諦め切れず
川之江から行商人に身をやつし
連れ戻しに来た純信に従わず
いさかいとなり騒ぎをおこし
今度は高知県西部
現在の須崎市へと再追放となる

「お馬」が追放された
須崎市への途中には
純信の故郷でもある
現在の土佐市市野々があり
追放の途中「お馬」も
市野々番所に立ち寄り
多くの見物人に囲まれたという


「お馬」のその後を追跡するため
白バイ先導のもといざ須崎市へ

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土佐市市野々にある
純信の生家の近くには
国道56号線、高知自動車道
そのいずれにも
「純信橋」が架かっている
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国道56号線にかかる「純信橋」の南には
地元有志の皆さんが建てた
純信堂がひっそりと佇んでいる
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「よう来てくれた」
有志のお1人であろうか
純信の生家跡を教わった家でいただいた
「ごっくん馬路村」を飲みながら
境内でしばしの休憩
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「純信堂」からさらに国道を西進し
須崎市の「お馬神社」へ
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お堂かたわらの看板には
「お馬」の波乱万丈の生涯が
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そして神社の壁板にはうっすらと
「えんむすびの神様」の文字
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 高知自動車道の須崎東ICをさらに西進すると、「お馬トンネル」がある。

 後世の往還道に自分たちの名前が残る、そんな情熱的な二人のその後は、愛媛県の川之江に追放されてからも、募る未練に「お馬」との再会を願い続けた純信。

 そんな「純信」の思いに対し、意外とツレなかったという「お馬」は、再追放された須崎で結婚した後、一家で移住した東京でその生涯を終えたという。

 二人の人生は、道ならぬ恋の逃避行の頃よりも、その後の人生がさらに波乱万状、たいそう起伏に富んでいる。「純信とお馬」、そして影の主役の「慶全」、当人たちだけでなく、その周囲には実に様々な人間模様がある。

 「よさこい悲話」は諸説紛々、すでに何冊かの書籍も出版され、ネット上にもたくさんの記事がアップされている。興味のある方には、是非ご覧いただくことをお勧めしたい。


 


by ky_kochi | 2015-02-07 14:51 | リトルカブ | Trackback | Comments(0)
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