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茶凡遊山記

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小式ケ台(旧吾北村)

 国道194号線を北上、途中の「高岩」で旧池川町と旧吾北村に分かれる手前から見え始め、ちょうど「むささび温泉」の背中にあるのが「小式ケ台」(こしきがだい)である。名前だけは見聞きしたことがあったが、山頂からの展望がないと聞いてから、ずっとそのままになっていた。

 最近になって、山頂までの尾根筋に、「大師堂」や「金毘羅大権現」、「六所神社」や「荒神様」があること、そして思わず行ってみたいという気になる参道があることを、大先達の皆様のサイトで知った。

 山頂からの展望には全く期待せずに登ったが、山頂周辺は見事に伐採され、しかも山頂まで林道が延び、しかも北にはまだ雪の残る石鎚の峰々を遠望、思いがけない春の好日となった。
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 登山口から、「大師堂」を経て「金毘羅大権現」、さらに鳥居をくぐり「六所神社」までは昔からの参道を歩くが、「六所神社」からは「小式ケ台」の山頂まで林道が繋がっている。

 鳥居の南から、「荒神様」の少し上までは旧登山道が残っていたが、林道延伸とともに、旧登山道は分断され途切れている箇所が多かった。

 いたるところに赤や青のテープがあるが、元々の登山道につけられていたテープなのか、伐採する木の目印のなのか、混沌としている印象であった。

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「むささび温泉」の背に「小式ケ台」の山塊
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道の駅「633美の里」の手前
「樫山」から「南越農道」へ切り返す
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「南越」は「みなこし」だと思うが
農道名には「なごし」の記述もある
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春を感じる菜の花
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 ここを直進すると、このあと合流する山頂へと続く林道に繋がっている、と、後で教えてもらった。次回は登山ではなく、「銀号」での林道巡回の候補に即決。

「南越」へはレフト・ターン
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「南越山荘」とある
「山荘」の文字が隠され・・
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三差路からすぐの広場に駐車
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「南越」集落まで少しだけ歩く
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右上へ登ると登山口へと続く
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 この山を知るきっかけとなった、高知の山岳界のレジェンドのかたのサイトで紹介されていた、「南越」在住の男性とたまたまここで行き会い、親しくお話をさせていただいた。

 この辺りは、大久保姓と川村姓が多かったが、現在は大半が空き家で、いくつかは早くから廃屋となっている。かつて、ミツマタの栽培が盛んな頃には約40軒の家があり、この天空の地に料亭も1軒あって芸妓さんもいたという。林業で栄えていたというよりは、紙幣の原料となるミツマタで栄えていたとのことであった。

 またこの地は、山を北に越えた先にある、「巣ノ森」「成川」「花ノ木」への生活道として昔は人馬の往来が大変多く、店屋(てんや)も一軒あったとのこと。

 さらに乗馬の名手の人がいて、高知の城下で見事な馬芸を披露し、拍手喝采を浴びたとも教えていただいた。

石垣も見事
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「成川峠」(右の鞍部)から、「小式ケ台」へと続く稜線が見えている。「小式ケ台」は海抜約950mで、「南越」集落が海抜約650mとすると標高差は約300m、登山口まで車で高度を相当稼がせてもらった。

 時々ではあるが、麓から山頂まで登る強者もいるそうである、脱帽ッ、敬礼ッ。


とはいえ高くて遠そう
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右下に「南越集会所」を見る
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やがて里道になる
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登山口から西に伸びる道が見える
終点には数軒の民家が見えていた
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植林の中を進む
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案内板を見て安心する
この道で間違いない
この三差路は左へと登る
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雰囲気の良い登山道
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割れ目のある大岩
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大きな杉の根元に石仏
文字が刻まれていたが
読み取れなかった
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いたるところから里道が合流する
かなりの数の民家があったらしい
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尾根に取り付いた気配
ここまでさほどきつくなかった
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「柴折様」
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すぐ傍らに「大師堂」
入口の両側に石柱がある
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「大師堂」
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 このテレビアンテナは、北麓の「成川」集落のかたが立てたアンテナであるとのこと。南麓の「南越」集落の正面には、須崎市の「桑田山」(そうだやま)や土佐市の「虚空蔵山」(こくぞうさん)があり、家に普通にアンテナを立てただけで受信可能らしい。

 また、このアンテナは、諸先輩の皆さんのサイトにある「六所神社」付近の「共聴アンテナ」とは違うように感じられたが、かといって「六所神社」の周辺には「共聴アンテナ」は見当たらなかった。

 アンテナ線が延びているのが南麓か北麓かは思いもしなかったし、むしろ「南麓」の「南越」集落のかたのアンテナと勝手に思い込んでいた。いつものことながら、頭が固い。
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「金毘羅大権現」境内入口にも
2本の木製の門が立っている
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石塔の門前にも
2本の巨木が並び立つ
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さらに石塔の左右にも
2つの天然石
右の石は変わった形で
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左はシャープな形をしている
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「金毘羅大権現」とある
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左が月で右が太陽だが
太陽の方は新聞紙で塞がれ
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裏側は石の蓋で塞がれていた
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「六所神社」へと続く参道
すぐ北側には林道が並んでいる
左上方に「小式ケ台」
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立派な鳥居
屋根が葺かれている
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「大正九年」
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「十一月吉日」とある
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参道終点に「拝殿」が近づいてきた
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「拝殿」の裏には「本殿」がある
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「南越氏子」と刻まれた手水鉢
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拝殿の正面から右に出て
北側の林道から見る「六所神社」
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 登山道はいったん鳥居まで引き返さなければならないと、どなたかのサイトで見たように思うが、いつものクセでついラクな方を選んでしまい、山頂の方向へと続いている林道をそのまま歩くことにした。

 それにしてもよく締まった林道、次回は是非ともリトルカブで来てみたい。

アスファルトよりも固そう
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杉の伐り出しのために
大型トラックや
多くの重機が通行
これは道が締まるはず
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なるほど
あれが「荒神様」か
これで旧登山道が判明した
帰りはここから下山してみよう
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切り倒した木を
掴んで軽々と運ぶことができる
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日陰には雪が残っている
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なぜこのように解けるのか?
キャタピラ痕の溝が先に解けている
畑の畝もこんな感じだったような・・
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左の木立が登山道に違いないが
もう少しラクをして林道を歩く
登山道と林道が
どこかで合流する予感満々
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『樅の木は残った』
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林道はこの先でUターンしているが
せっかく雪も残っている
この辺で左の細い登山道に入り
山歩きの雰囲気を楽しもう
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すぐにUターンしている林道と合流
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どなたさんのお住まいかな?
かなり大きくかつ深い穴
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登山道は林道の左肩
枯木の左を上にと思われるが
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休憩しようにも
雪の座布団はチト座りにくい
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赤テープはあるが
登山道は入口から荒れている
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やっぱり林道を行こう
三差路になっているが
ここは杖の指す左に
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林道脇に這い上がってきた登山道
登山道らしき道が
何度も林道とクロスする
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何やら明るくなってきた
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あの大カーブを切り返したら
ほどなく山頂か?
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林道の北側
杉木立の隙間には
石鎚山系「瓶ケ森」
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よっしゃ、もうチョイじゃ
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北東に西日本最高峰「石鎚山」を遠望
風が次第に冷たくなる
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風が強いのか
地面が弱いのか
木全体が北に傾いている
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右手に山頂の気配
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本日は快晴
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山頂の広場は作業道が
ぐるりと一周している
先ずは右へ進むと
頂上の三角点に行きやすい
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昔は鬱蒼とした山頂で
三角点を探し回ったと聞いたが
現在は天空(あっから)としたもの
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頂上から東の眺望
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こちらは北西の眺望
昔の官山で
伐採予定はまだないが
いつか伐採されたら
360度の大パノラマとなろう
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そして南の眺望
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それではお決まりの昼食を
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今日のGalboは
少し大人の気分で
「ほろにがブラック」
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久し振りに見る霜柱
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山頂広場を周回する
草競馬ができるぐらいのコース
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航空機の航路にあたっているのか
ひっきりなしに飛行機が上空を通過
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東正面に標高約1,500mの「稲叢山」
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北に連なる石鎚連山
足元には伐採後の切株
正面の集落は「奥大野」か?
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同じ場所からでも
このように撮ると
自然観が増す
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「手箱山」(てばこやま)稜線の左には
ドーム状の「筒上山」(つつじょうざん)
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左から「子持権現山」「瓶ケ森」「西黒森」
「自念子ノ頭」「東黒森」
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「筒上山」(左)と
氷室で知られる「手箱山」
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年輪を見れば方角が判る
ハズなのだが・・
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ゆるゆると下山を開始
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変わった地層
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大岩の左から登山道へ
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すぐ下に見える林道に
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たちまち合流する
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ありゃ?左の足元に・・
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道案内がある
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逆向きに置かれているのは
林道のどこか別場所にあった
案内板のためか?
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それにしても
行きがけ全く気が付かなかったとは
情けないことこの上なし
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行きがけの眺めはこれで
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こんな具合にあったはずだが
石鎚連山に見とれて
見落としてしまったらしい
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かなり高度が下がって来た
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小さすぎて判りづらいが
南正面に
「鷹羽ケ森」が見えているはず
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「六所神社」の鎮守の森
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木材を満載したトラックが通過
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杖の先の最奥のピークが
「鷹羽ケ森」(いの町勝賀瀬)
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「稲叢山」(左)の独特の山容
画像の右端に写っている
3つのコブに見える山
名のある山とお見受けいたす
貴方はどちらさんかな?
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「六所神社」まで下りて来た
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たあるかそれほど飲んで
なんぼお神酒いうたち
ちょっと過ぎちょりゃあせんかね
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拝殿に奉納された見事な絵馬
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コンデジではこれが精一杯
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鳥居へと下っている途中で
「荒神様」から登山道を下山するのを
すっかり忘れていたことに気付いた
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再び林道を「荒神様」まで引き返す
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入念にお祀りされている
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「荒神様」の前に登山道を発見
これは下り方向の登山道
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ミツマタの木
とても見えづらいが
3つに分かれた枝の端に
それぞれ花が付いている
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良く刈り払われている
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おやっ、ここは?
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鳥居に南から合流
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なるほど
登山道は鳥居前から
南に入っていたのか
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「金毘羅大権現」まで林道と並走
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「金毘羅大権現」前を通過
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これはお見事
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「柴折様」「大師堂」に到着
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車のキーを落とされた方へ

拾った方が
三つ又の木の枝に
白い紐で括り付け
目立つようにしてくれちょりますぞね

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「柴折様」前を右下へ
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この辺りだけが落石で歩きづらい
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実が太い
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幹は枯れても葉は逞しく
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「案内板」前は右に切り返す
正面の二段重ねの石は
直進しないための石積みか
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立派な石垣跡が多い
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君の名は?
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歩いて来た稜線を振り返る
見るほど遠くはなかった
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「南越集会所」の一段下に「南越山荘」
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この地を大切に思う方が建てられ
イベントも行われると聞いた
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 南南西の方角に、須崎市が遠く見えている。先述した地元男性によれば、太い時化(大きな台風)の時には、海鳴りの音がこの天空の里にまで届くそうである。

 須崎といえばということで、北西の山肌に「光岩」という大岩があったが、須崎の漁師たちが岩が光って魚が釣れないので埋めさせてほしいと嘆願に来たので、懇ろに供養をして大きな穴を掘って大岩を埋めた、という言い伝えが残っているという。

 たしか、その岩を埋めた跡が大きな奈路になって、以来そこが「大平」?という地名になったとも聞いたようにも思う。次から次へと飛び出す楽しい話に、つい時間を忘れてしまった。

須崎市の方向を遠望
こうしてみるとかなり山深い
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 大きな穴といえばということで、山肌に立っている大きな銀杏の木を指しながら、また1つ楽しい昔話を教えてもらった。この集落には、困ったことがあればここを掘れと言い伝えられてきた場所があり、銀杏の木のあたりの空き家となっている家のご主人が実際に集落の住人を集めて大穴を掘った。

 金の玉が埋められているはずと、皆んな色めきたったが、相当に深い穴を掘ったけれども何も出て来ず、一同は大いに落胆したという。実際に見たその穴は、相当に大きい穴だったと、懐かしそうに話していただいた。

 さらに、穴といえばということで、土佐落語の巨星、司亭升楽師匠のネタの話になった。法螺を吹いたりさんざ近所に迷惑をかけたジンマ(お爺さん)が、これまでのお詫びとお礼にあの木の根元に壺を埋(い)けてある、困ったことがあったら掘ってみよと言い残した。旅立った後、あのジンマも最後には良いことをしたものよのうしと掘り起こしてみたら、確かに壺はあったが、「これが法螺の吹き終まい」と書かれた紙が入っていただけだった。

 実に久方ぶりに、大声を出して笑った。今度はリトルカブできて、またゆっくりお話を聞かせてもらおう。


最も遠くの稜線は
土佐市から須崎市にかけて
左から「虚空蔵山」
真ん中の小さなコブが「勝森」
右が「桑田山」と「蟠蛇森」
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転げ落ちそうな大岩
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凍結防止の塩化カルシウム
橋の上は凍りやすい
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ほとんどのカーブ・ミラーが
独特のこの高さであった
ポールの上にあるよりも
ずっと見やすく感じられた
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満開の菜の花
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「小式ケ台」の遠景
標高が1,000m近くともなれば
さすがに麓から見上げると高い
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「稲叢山」の方角には、吾北のナイアガラの滝、「戸中山」(とちゅうやま)にかかる4つの滝も見えていたが、単3電池タイプのコンパクトデジカメでは、望遠にすればぼやけるばかり。

「六所神社」拝殿の絵馬も、室内が暗くて見えているように写らず、今日は空がそこそこ青く写ったが、どうも目で見えているように写らない。

 見えているように写すことが最も難しいことと、一眼レフを何台も持っている知人はのたまうが、一眼レフの必要はないが、もう少しハイスペックなデジカメがほしいところ。

 しかし、十年近く前、デジカメが出始めたばかりの頃に撮った画像が、今の画像よりも鮮明で綺麗なのは何故だろう?人が齢を取るように、自然の風景もまた齢を取るのだろうか?いやいやそんなことはありますまい、腕の悪さを棚にあげてはならない。

 見えたように写らないとぼやくのもお門違い、老眼で自分が見る風景が、実際の風景とかけ離れてきただけ。順調に年齢を重ねていてむしろ喜ぶべきことかもしれないが、少し残念でもある、嗚呼。






by ky_kochi | 2017-03-11 10:00 | 登山 | Trackback | Comments(2)
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Commented by タメやん at 2017-03-25 14:11 x
6~7年前に登った時は、六所神社から西は林道はなかった。(東はあって、宮之西三等三角点まで行った。)
三角点周辺も倒木やらバラやらが多かった。

三角点の標柱の上にGALBOを置いてある写真の小式ヶ台のプレートは、キティーですか?
Commented by ky_kochi at 2017-03-25 22:15
タメやんさん、こんばんは。

「宮之西三等三角点」への途中だと思いますが、当日お話を聞かせていただいた現地在住のかたも、「小式ケ台」とは反対、かつてテレビ塔があった、東からの眺望を勧めてくれたことでした。

 が、そのかたも、今は林道も付き、山頂からの眺めも良くなったと、しみじみと話してくれました。

 小式ヶ台のプレートには、「キティー山岳会」の表示がありました。ネット上にも山岳会の記事をよく見かけますが、さまざまなコメントがあって、いまだよくわからずにいます。
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