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茶凡遊山記

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小富士山&鉢伏山(高知市)

 高知市の東部、介良(けら)地区に、「介良三山」と呼ばれる山々がある。

 国道55号線南国バイパスをはさんで、北から「高天ヶ原山」「小富士山」「鉢伏山」と並ぶ三山のうち、「小富士山」と「鉢伏山」を歩いてみた。

史跡が多く、植生も豊かで実に楽しかったが、へろへろになって下山してから、「朝峯神社」で目にしたものは・・。

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 朝峯神社から「小富士山」へ登り、「潮見台ニュータウン」を経て、「鉢伏山」への時計回りの周回ルートで、途中「岩屋山薬師寺」に寄り道をしてきた。

 海抜が低い里山なので、ハイキングのつもりでいたが、かなりのアップダウンがありなかなか鍛えてもらった。
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「小富士山」(左)と
「鉢伏山」(3つのピークの中央?)
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朝峯神社の主神は
木花之佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)
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社務所の裏が登山口
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サルノコシカケに
腰掛ける七福神
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この先からきつい登りに
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地球の皺か?
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こんな里山にも猪か?
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ほぉ
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西南の方角を振り返ると
五台山の向こうに高知市
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産宝(さんぽう)様
おわしまするは
大国主命(おおくにぬしのみこと)
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祠はかなり傷んでいる
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この辺りから歩きやすくなる
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「鉢伏山」は意外と高い
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「お伊勢様」
こちらには
天照大神(あまてらすおおみかみ)
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「小富士山」山頂
「潮見台ニュータウン」の造成により
山頂の東側は切り取られている
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「潮見台ニュータウン」の西の背中は
フィールド・アスレチック広場
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「鉢伏山」へは
「潮見台ニュータウン」へ
一旦下って再び登りとなる
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東に見える高知空港の右は
紺碧の太平洋だが
あいにくの春霞
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高知東部自動車道
「なんこく南IC」
高知空港がぐっと近くなった
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こらっ、びっくりするじゃいかっ!
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どこまでが木で
どこからが岩なのか
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近頃やたらと多い倒木
枝葉が重いのか
根元が弱いのか
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可哀そうでもあり
芸術的でもあり
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これは一瞬立ち止まった
うっかり踏み付けでもしようものなら
間違いなく失神する
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「小富士山」山頂東は
見晴らしの良い広場
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「潮見台緑地公園」へと下山
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ジグザグ道を下って行く
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団地の北東隅に案内板
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「潮見台緑地」の南に、「鉢伏山」への稜線が見えている。右手の竹藪を下り、いったん「朝峯神社」に下り、「秋葉神社」を経て「鉢伏山」に登り、「岩屋薬師寺」に下山する予定であった。

 たしかに竹藪に消えて行く道は見えていたが、どうも寂しそうな印象。公園の清掃をしていた男性に道を聞くと、緑地公園の南端から人がよく登っているようだとのこと。郷に入りては郷に従え、すぐさま竹薮ルートは中止した。

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整備された植樹の中を登る
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里山がパステルカラーに
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初めのうちは良く踏まれた道
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眼下に「潮見台ニュータウン」
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大岩に突き当たる
右にも左にも
巻き道が見えたが
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左にしたのは
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これが遠目に見えたから
そなたは一体何者じゃ?
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地元企業の敷設物か?
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1年に2度米が獲れる平野には
いくつかの里山がある
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団地はかなりの規模
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途中藪漕ぎをしたが
団地の南からの歩道に合流
こんなことなら
団地の中を歩いた方が・・

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どの山でも道標には安心する
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ここが「潮見台展望所」か?
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 山でよく見かける造作だが、防空壕や農作物の保蔵穴への入口ではなさそうだし、火災発生の際の火道切りでもなさそう。

 元々こういう地形だったのか、排水のための溝なのか、いまだにわからない。

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「鉢伏山」山頂手前に「石鎚神社」
社殿は相当に傷み
もはや倒壊寸前
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「観音堂」への道標も落下している
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隣接する「三ケ森石鎚教会」社殿
内部には囲炉裏も切られ
御神酒をいただいた痕跡もあるが
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南側に「石鎚神社」鳥居
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「鉢伏山」の山頂
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視界はほとんどきかない
かつては眺望が良い場所だったらしいが
現在は雑木が茂って視界が無い
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少し進むと「大山祗神社」
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少し下っていくと
「岩屋観音堂」に到着
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山上の境内は荘厳
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眺めの良い東屋で昼食
定番「galbo」の良いところは
手にベトつかないこと
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南東に「桂浜」を遠望できる
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立派な手水鉢
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お日さまとお月さま
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参道終点に
二基の常夜灯が並び立つ
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参道は見事な石畳
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一つ一つの石が大きい
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「岩屋観音堂」の直下
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古井戸がある
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かなり深い
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山上の「観音堂」から
麓の「薬師寺」への順に
しるべ石が配置されている

「一丁石」
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参道には常夜燈
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「二丁石」
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山菜のシーズンになった
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「三丁石」
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この日2回出合った
珍しい竹藪
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「四丁石」
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 これは「六丁石」で、途中に「五丁石」と思われる石しるべがあったが、大正時代の檀家さんの墓石に見えたので、撮影は遠慮した。
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「岩屋山薬師寺」の本堂に到着
お大師様が背中でお出迎え
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どこかで見たような風景と思えば
厄除けの「男坂と女坂」らしい
四国八十八ケ所の第23番札所
阿波国「薬王寺」に似た佇まい
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「岩屋山薬師寺」本堂
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下りて来た参道を再び登る
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常夜燈と丁石の続く道を登る
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かなり縺れちょる
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「岩屋観音堂」下の古井戸に到着
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倒木なのやら大岩なのやら
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大岩の下にお地蔵様
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地蔵様前の道を北西へ
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植林が混ざり始める
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「秋葉神社」を目指す
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手入れされた植林の中を歩く
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一番上の案内板が消失
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赤テープの散乱かと思えば
地面に落ちた椿の花
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突き当りの丘に登れば
「秋葉神社」かと思ったが
この日はついに行き着けず
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「朝峯神社」へと里道を下山
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木の葉のシルエット
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「朝峯神社」に到着

おやっ?
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恭しく奉納されている
木製のオブジェは
いささか近撮が憚られる
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こちらは石造り
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「朝峯神社」本殿は、社殿の裏側にあり、立派な石段が本殿へと続いている。

「小富士山」への登山道は、正面社殿と社務所との間を抜けた方が判りやすいが、本殿へは社殿正面に向って右側から裏側に回り込むと歩きやすい。

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 本殿の造作は実に手が込んでいて、しかも荘厳であった。

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 本殿の裏側にある高さ一丈ほどの岩の祠からは岩清水が湧いており、かつてはこの水が酒造りにも使われたという。

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「朝峯神社」の御神体は、まことに霊験あらたかにおわしめされ、かつて観光地によくあったセンセーショナルな館とは完全に一線を画している。

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水仙の花が咲き始めると
四国遍路のシーズンイン
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歩いて来た「小富士山」(左)と
「鉢伏山」(中央?)から
「岩屋山薬師寺」へと続く稜線
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「介良の史跡」へ寄り道
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「実盛様」
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 源平合戦の際に、稲株に躓いて討ち死にした平家の武将「平実盛」が、稲を恨んで稲の害虫になったという言い伝えがある。

 このため、実盛を供養すれば稲の害虫を駆除できるということで、「虫送り」なる行事が伝わっていると聞いたのは、高知の秘境「椿山(つばやま)」(旧池川町)であった。

♪羽のない者は這うて行け 羽のある者は飛んで行け 実盛様のお通りじゃ♪

 つい最近まで「焼畑農業」が残っていたという「椿山」の地にだけ残る風習かと思っていたが、この言い伝えは西日本に広く残るものらしい。



「岩屋山薬師寺」への西からの参道
正面山腹に本堂が見える
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 左から「高天ケ原山」、「小富士山」、「鉢伏山」と並ぶ「介良三山」。

 海抜の低さとは裏腹に、意外と手強いコースで、特に「朝峯神社」から「小富士山」への登りは、急登な上に落ち葉が多く滑りやすい。

 随所に赤テープはあるものの、最近は入山者が少ないのか、ところどころテープが消失している場所がある。また、「潮見台緑地公園」の南端から「鉢伏山」に直登する際には、ドン突きの大岩から左に分岐した場合、短い間ではあるが藪漕ぎが必要です。


【ご注意】
「高天ヶ原山」は禁足地で、入山には許可が必要です。

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【おまけ】

 土佐落語にこんな咄がある。

 須崎市久通(くつう)の久通観音(牛馬の守り神)と、土佐市戸波(へわ)の虚空蔵(こくぞう)菩薩(作神様)、中土佐町久礼の久礼の八幡様(武運長久家内安全の神様)のお三方が、ある日恋談義をしていた。

 久通観音は介良の朝峯がよいと言い、虚空蔵菩薩は神田(こうだ)の地蔵が好みと言い、久礼の八幡様は神田の地蔵様に惚れていると言った。

 久通観音は、「好み」と言っただけの虚空蔵菩薩に、「惚れている」とまで言った久礼の八幡様の手前、ここは虚空蔵菩薩は遠慮せよと進言したが調停は不調に終わった。

 虚空蔵菩薩は先手必勝とばかり、その日のうちに神田の地蔵に夜這いを掛けたが、神田の地蔵は「日本三体と言われるほどあらたかなお方が、わたしのような道端の女と遊んではいけませぬ」と一生懸命諌めたという。

 落語だけにオチがあるのだが、ちょいと書きづらい。興味のある方は、『よりぬき土佐落語②続艶ばなし集』(RKC高知放送)をご一読下さい。





 



by ky_kochi | 2017-03-05 10:00 | 登山 | Trackback | Comments(4)
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Commented by タメやん at 2017-03-25 13:50 x
>元々こういう地形だったのか、排水のための溝なのか、いまだにわからない。

塹壕らしい。
Commented by ky_kochi at 2017-03-25 22:30
 タメやんさん、ありがとうございます。

 塹壕らしいとお聞きし、そういえば、人里に近く、海抜もさほど高くない場所で良く見かけたと思い出しました。
 
 この日は、山中に残るという戦争遺跡、「錦兵団記念碑」に辿り着けなかったのが心残りとなっています。最近しばしば、どこへ行ってもこうした宿題が多くなってきました。
Commented by タメやん at 2017-03-26 23:43 x
錦兵団記念碑
Commented by タメやん at 2017-03-26 23:44 x
錦兵団記念碑
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